「クリエイティブクラス」立ち上げまでの軌跡と今後

筆者の勤務校、西武文理大学の系列校である西武学園文理高等学校は1981年に開学し、埼玉県狭山市の自然あふれる豊かな環境の中で、普通科と理数科の2つの学科を通じて、生徒たちの個性や志向に合わせた学びを提供している。

2023年には、ブラジル出身のマルケスペドロ校長が就任し、新たな学校改革がハイピッチで進められている。その改革の一つが、2024年に普通科の中に新たに開設された「クリエイティブクラス」である。このクラスは、PBL(Project/Problem Based Learning「課題/問題解決型学習」)や探究学習(Inquiry Based Learning)を通して、問題発見力・解決力やコミュニケーション力、想像力やチームワーク力など、現代社会において必要不可欠となる非認知能力を育むことを目指している。

本稿では、2023年度にこのクラスの立ち上げに関わった筆者の経験についてリポートし、今後の理想の教育についての視座を述べたい。

1.現行の学校教育の問題点

苫野(2019)では、現行の学校教育の問題点について次の(1)~(4)を指摘している。

(1) 落ちこぼれ・吹きこぼれ

学習の速度は個々に異なるのに、同じペースで進められることにより、一部の生徒が理解しきれずに置いていかれる問題がある。

(2) 子どもたちの主体性への不十分な対応

子どもたちの「学びたい」という意欲や主体性が尊重されず、決められた通りに黙って授業を受けることが求められている。

(3) インターネットの発達による動機や合理性の薄れ

オンライン上で学びやプロジェクト型の学びが可能になったことで、学校の価値が相対的に低下している。

(4) 評価の問題点

①能力の測定の難しさと評価の偏り

「能力」の正確な測定は難しく、点数で評価することが目的となると、学びの深化や楽しみが失われる傾向がある。

②序列化としての評価

保護者・子ども・教師が評価を序列化する考え方から抜け出すため、新しい評価基準や方法を検討する必要がある。

2.学校をどう変えるか

前節で現行の学校教育の問題点(1)~(4)を挙げた。では、どのように学校を変えたらよいであろうか。苫野(2014)・苫野(2019)で述べられている内容に基づき、考えてみたい。

(1) 自由の相互承認

苫野(2014)では、「自由の相互承認」を実質化することが、公教育には必要であることが主張されている。つまり、全ての子どもたちが「生きたいように生きられるようになる」ためには、相互に承認し合える感度を育むことが重要となるのである。

(2) 学びの個別化・協同化・プロジェクト化

苫野(2014)では、生徒の主体性を尊重し、学びのスタイルを個別に合わせつつ、協同学習やプロジェクト型の学びを導入する必要性を説いている。苫野(2019)では、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を提唱している。これは、教育における新しいアプローチの一つで、学習者の個別のニーズに応じつつ、協同学習やプロジェクトベースの学習を組み合わせることを指している。以下にそれぞれの要素を苫野(2014)の枠組みに沿って解説する。

①学びの個別化

学びの個別化は、学習者が異なるペースやスタイルで学べるようにすることを指す。各生徒の興味、学習の進捗、強み、課題に応じて、カリキュラムや教材を調整し、カスタマイズされた学習を行う。AIなどのテクノロジーを活用して、学習者に合わせた教材や学習の進捗管理を行いながら生徒の学習を支援する。

②学びの協同化

学びの協同化は、生徒同士や教師と生徒の間でグループプロジェクトやディスカッション、協同的な問題解決活動などを通して協力し合い、共同で学ぶプロセスである。苫野(2014)では、学びの協同化を「学び合い」と表現し、「教師一人の授業力に頼り過ぎるのではなく、多様な子どもたちの力を持ち寄ることで、全員の実りある学びを達成することを目指す授業のあり方」としている。

③学びのプロジェクト化

学びのプロジェクト化とは、学習を具体的なプロジェクトや課題と結びつけ、実践的な経験を通じて理解を深める手法である。学習者は、課題に取り組む中で知識やスキルを磨き、問題解決や創造的な思考を発展させる。プロジェクトは通常、現実の課題に対処する形でデザインされ、生徒が自分たちのアイディアを実現する場となっている。

④融合

上記①~③のアプローチを融合させることで、学習者は個別のニーズに対応しつつ、協同作業とプロジェクトベースの学習の利点も享受できる。例えば、生徒が個別に進む内容を基に、グループでのプロジェクトに取り組むことで、個別性と協同性を結びつけることができる。

3.探究学習のベースとなっている主な理論

日本の高等学校の「探究」の考え方のベースとなる理論体系は、さまざまな教育理論からの影響を受けている。ここでは、その中でも特に重要ないくつかの教育理論を挙げ、それぞれの理論を簡潔にまとめておきたい。

(1) ジョン・デューイ(John Dewey)のプラグマティズム

①理論の要点

デューイは「経験を通じて学ぶ」というプラグマティズムの理念を提唱した。彼は経験が学びの中心であり、学びは問題解決や実践的な経験を通して行われるべきだと考えた。

②高等学校の探究への影響

探究型学習はデューイのプラグマティズムに基づいており、生徒が実際の問題に取り組み、経験を通して深い理解を得ることを目指している。

(2) ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)の構成的価値観(Constructive View)

①理論の要点

・自ら学ぶ子は、過去の経験、現在の理解度を土台にして、自ら学びを構成していく。

・生徒の経験と認知にフォーカスする。学びは、個人的な経験がその子の考えや行動に変化を及ぼすときに発生する、と考える。

・学びとは、外発的ではなく内発的に起こるものであると考える。

                        (藤原(2023), p.46)

②高等学校の影響

探究型学習では、生徒が自ら知識を構築し、問題に対処する過程で自己の認知発達を促進する。

(3) リン・エリクソン(Lynn Erickson)の概念型カリキュラム(Concept-Based Curriculum and Instruction)

①理論の要点

リン・エリクソンらは、「知力の発達の鍵は事実レベルと概念レベルにおける思考の相乗作用(Synergistic Interplay)にある」としている。エリクソンのアプローチは、知識を単なる事実だけでなく、概念として統合と深化を促進し、組織化することが重要視されている。

②高等学校の影響

探究型学習では、概念を統合し、異なる分野の知識をつなげて問題にアプローチするスキルが求められる。

これらの理論は、探究型学習が(1)経験、(2) 自己認知、(3) 概念統合の発達などに焦点を当てている背景に影響を与えている。日本の高等学校の教育では、これらの理論を取り入れつつ、日本の教育現場の実態や教育方針に合わせて探究型学習が展開される必要があろう。

4.探究学習(Inquiry Based Learning) と問題解決型学習(Problem-Based Learning, PBL)の違い

 探究学習(Inquiry-Based Learning)と問題解決型学習(Problem-Based Learning, PBL)は、教育のアプローチとして似ている面があるが、いくつかの異なる側面も存在する。以下に、Trevor (2016)に基づいて、それぞれの特徴と関係性について論じることにする。

(1) Structured Inquiry

図1の一番左側の絵をご覧いただきたい。プールに入るのが初めての生徒のために、水の入り方を見せて実践させたり、水の中で一緒に歩いたりし、指導者が生徒をリードしている。つまり、ある1つの探究課題に向かって、生徒全員が参加し、教師の指導に生徒がついていくタイプの探究である。

(2) Controlled Inquiry

図1の左から2番目の絵をご覧いただきたい。生徒がビート版を使ってバタ足をしており、ビート版もバタ足も指導者が設定する。すなわち、教師はトピックを選び、生徒が答えを導くためのリソースを教師が特定する方法である。

(3) Guided Inquiry

図1の右から2番目の絵をご覧いただきたい。教師が「誰が一番早くゴールできるか」や「25mを目標に泳ごう」という目標や問を立て、生徒たちが泳ぎ方や息継ぎのタイミングを工夫したりして目標を達成する方法である。教師が課題を決めるが、その課題解決や目標達成の方法は学習者によってさまざまである。つまり、教師がトピックや問を立て、生徒が課題に対する解決策を出す手法である。

(4) Free Inquiry

図1の一番右側の絵をご覧いただきたい。プールでは前に向かって泳ぐ生徒もいれば、どれだけ深く潜れるか挑戦する生徒もいる。さらには飛込を練習する生徒もいる。プールから出て、早く泳ぐためのトレーニング方法を開発する生徒がいることも考えられる。また、泳ぐことにとらわれず、プールの水質を調べるプロジェクトを立ち上げ、プールから上がり図書館に行くこともあり得る。つまり、他者が設定した学習課題を用いずに、生徒が自らトピックを選び学習を進める手法である。

以上、見てきたように、探究学習(Inquiry-Based Learning)と問題解決型学習(Problem-Based Learning, PBL)は、どちらも学習者中心のアプローチであり、従来の講義形式よりも生徒主体のアプローチである。逆に、両者の違いに関しては、探究学習は学習者が自分の興味や好奇心に基づいて学習するのに対し、PBLは特定の実世界の問題に焦点を当てていると言えよう。図1で言うならば、(1) Structured Inquiryと(2) Controlled Inquiryが、PBL型で、(3) Guided Inquiryと(4) Free Inquiryが、探究学習と言ってよいだろう。

5. 学習指導要領の読み込みと指導案の作成

学習指導要領は、教育の基本的な枠組みを定め、生徒たちが必要な知識やスキルを身につけるための指針である。その理解と適切な活用は、生徒たちがより充実した学びを得るために不可欠である。このことに今一度立ち返り、各教科担当者は、学習指導要領を丁寧に読み込んだ。このことを踏まえ、各教科担当者は、指導案を作成し、立ち上げメンバーの会議で教科を超えた厳しく徹底的な議論が何度も行われた。土屋 (2024)では、その成果を英語授業の観点からまとめ、具体的な指導例までを提案している。ぜひご一読いただきたい。 

6. 学校視察

クリエイティブクラスの開設にあたり、いくつかの学校を視察し、参考とした。以下は、各学校の公式HPからの抜粋である。

(1) 土佐塾中学校(まなび創造)

2021年4月に開設された『まなび創造コース』の活動を中心に発信を行います。本コースでは、“STEAM + GP”教育による創造活動・探究型学習を行い、生徒1人ひとりに「個別最適化」された学習環境の提供を目指しています。(公式HPより)

(2) 軽井沢風越学園

大切にしたいこと

軽井沢風越学園は、子どもも大人も「つくる」経験を、 じっくり、ゆったり、たっぷり、まざって積み重ねていきます。(公式HPより)

(3) 横浜創英中学・高等学校

 学校生活の中で何度も繰り返し再現できる確かなスキル(コンピテンシー)を身につけ、人生を自分の足で歩むことのできる逞しさを育む。(公式HPより)

(4) ドルトン東京学園中等部・高等部

Active Learner(自律的な学習者)を育てる

学習者中心の教育メソッド

 ドルトン東京学園では、[学びを設計し、深め・広げ、発信する]ことを一連の流れとして、生徒たちは「主体的に学び、探究・挑戦し続ける姿勢」を育んでいきます。教員が一人ひとりを丁寧にサポートしながら、この学びのプロセスに習熟させていきます。(公式HPより)

7. セミナー・学校公開研究会への参加

教育分野のセミナーや公開授業研究会への参加により、新しい視点やアイディアへの着想を得た。

(1) 未来の先生フォーラム(2023年8月20日)

研究テーマ:SHIFT-学校教育のSHIFTを構想する

新型コロナウイルスの社会的インパクトは新しい社会秩序を生み出す大きな転機になりました。日本のみならず、世界中の人々が当事者として行動・思考の変容を求められることになったためです。今までは、変わりたい人が変わっていました。

しかし、この社会状況では望まないにも関わらず、変わらざるを得なかった人も多いのではないでしょうか。もはや情報社会の進展、テクノロジーの進展を止めることはできません。社会も新たな時代に向かって日々進んでいくことでしょう。そのような中で、学校とはどのような場所で何をする場所なのかという根本的な議論も聞こえてきています。そこで、未来の先生フォーラム2023は「SHIFT-学校教育のSHIFTを構想する-」をテーマに掲げ、学校教育がSHIFTするための貢献を目指して開催します。(公式HPより)

(2) お茶の水女子大学付属中学校公開授業研究会(2023年10月28日)

研究テーマ:全ての生徒がグローバル社会で輝くために〜帰国生教育の可能性をひらく〜

本研究主題は、グローバル化が進む日本社会において、本校教育の役割とその中での帰国生教育の重要性を強調している。本主題は、グローバル社会での活躍を目指す全ての生徒にとって、帰国生教育がどのような価値や可能性を持つのか探求するために設定した。帰国生は外国での生活や学びの経験を持つため、異文化理解や国際的な視点を持っている。このような経験や視点は、グローバル社会で活躍するための重要な要素となる。帰国生教育は、これらの生徒が持つ経験や知識を活かしながら、日本の教育環境に適応するサポートを行うとともに、他の生徒にも国際的な視野を広げる機会を提供することができる。

「全ての生徒がグローバル社会で輝くために」という部分は、全ての生徒がその能力を最大限に発揮し、グローバル社会でより良く生きるためのサポートを行うことを示している。「帰国生教育の可能性をひらく」という部分は、帰国生教育がそのような普遍的な目的を達成するための一つの有効な手段であることを示している。

本研究主題は、帰国生教育がグローバル社会での成功を目指す全ての生徒のための教育として、どのような役割や価値を持つのかを明らかにすることを目的としている。 (公式HPより)

(3) 大宮国際中等教育学校公開授業研究会(2023年11月24日)

研究テーマ:Grit・Growth・Globalのマインドセットを育む探究学習における指導方法の研究~生徒の主体的な学びを育み、多様なスキルを身につけるために~

最近、全国的に「探究的な学び」が推進され、「探究」という言葉が一般的になってきている。当校は国際バカロレア認定校であり、開校当初から「探究学習」を取り入れているが、職員の増加に伴い、「探究学習」の捉え方に個人や教科間で差があることが課題となっている。このため、学校全体の視点で「探究学習」の指導方法を再検討し、より実効的なものに進化させたいと考えている。(公式HPより)

8.模擬授業の実施

 シラバスの完成に至るまで、立ち上げメンバーが理想の教育の原点に立ち返り、目線を合わせる作業と理論的な裏付けの理解を重ねた。さらに、外部への視察を通して研鑽を深め、1月にはついにシラバスが完成した。このシラバスに基づいて、3月に模擬授業を実施した。この模擬授業では、入学生をイメージして、教科・科目を超えた率直な議論が展開された。

9.立ち上げメンバーの読書会で読んだ書籍など

(1) 藤原 さと(2023)『協働する探究のデザイン』平凡社.

(2) 苫野 一徳(2014)『教育の力』講談社現代新書.

 (3) 苫野 一徳(2019)『「学校」をつくり直す』河出新書.

(4) 村上 聡恵・岩瀬 直樹(2020)『「校内研究・研修」で職員室が変わった!―2年間で学び続ける組織に変わった小金井三小の軌跡』学事出版.

(5) 吉田新一郎・岩瀬直樹(2019) 『シンプルな方法で学校は変わる 自分たちに合ったやり方を見つけて学校に変化を起こそう』 みくに出版.

(6) 脇本 健弘・町支 大祐 (2021)『教師が学びあう学校づくり―「若手教師の育て方」実践事例集―』 第一法規.

(7) H・リン・エリクソン他著 (2020)『思考する教室をつくる概念型カリキュラムの理論と実践』北大路書房

上記(1)~(3)は、立ち上げメンバー全員が読み、読書メモを持ち寄ってコメントや意見交換が行われた。(4)~(7)は、時間の関係で各個人に委ねられた。 

これらの本の内容に共通する事柄は、教育現場や学校において変革や改善を促進するためのアプローチに焦点が当てられている。日々の教科指導や生徒指導の視線から広く教育について考える良書である。ぜひ参考にされたい。

また、筆者は上記の本以外にも自主的に関連する以下の書籍も読み、知見を深めたので、ご紹介しておきたい。

(1) 小塩真司編 (2021) 『非認知能力: 概念・測定と教育の可能性』北大路書房.

(2) 中山 芳一(2023)『教師のための「非認知能力」の育て方』明治図書.

(3) 宮田 純也(2023)『SCHOOL SHIFTあなたが未来の「教育」を体現する』明治図書.

(4) 溝上 慎一・成田 秀夫(2016)『アクティブラーニングとしてのPBLと探究的な学習』東信堂.

さらに、このプロジェクトに関わりながら、非認知能力の育成に関してこれまでの自身の指導を英語授業の実践例から振り返った記事も執筆したので、ぜひご一読いただきたい。(土屋, 2023)

おわりに

以上、述べてきたように、本校のクリエイティブクラスでは、これまでの学校教育の問題点を改善すべく、自由の相互承認を基盤とした学びの個別化・協同化・プロジェクト化の実現を目指していく。評価方法においても新たなアプローチを取り入れ、生徒たちの探究心を引き出す教育環境の構築を目指していく。今後も実際に授業を担当しながら、生徒の成長を丁寧に見取り、理想の教育を追い求めていきたい。

参考文献

小塩真司編 (2021) 『非認知能力: 概念・測定と教育の可能性』北大路書房.

苫野 一徳(2014)『教育の力』講談社現代新書.

苫野 一徳(2019)『「学校」をつくり直す』河出新書.

土屋進一 (2023) 「非認知能力を育む英語授業実践例」東京書籍 E ネット.

土屋進一 (2024)「未来を拓く英語教育: 新学習指導要領に基づく授業実践」一般財団法人 英語教育協議会ELEC(エレック)英語研修所.

藤原 さと(2023)『協働する探究のデザイン』平凡社.

脇本 健弘・町支 大祐 (2021)『教師が学びあう学校づくり―「若手教師の育て方」実践事例集―』 第一法規.

溝上 慎一・成田 秀夫(2016)『アクティブラーニングとしてのPBLと探究的な学習』東信堂.

中山 芳一(2023)『教師のための「非認知能力」の育て方』明治図書.

宮田 純也(2023)『SCHOOL SHIFTあなたが未来の「教育」を体現する』明治図書.

村上 聡恵・岩瀬 直樹(2020)『「校内研究・研修」で職員室が変わった!―2年間で学び続ける組織に変わった小金井三小の軌跡』学事出版.

吉田新一郎・岩瀬直樹(2019) 『シンプルな方法で学校は変わる 自分たちに合ったやり方を見つけて学校に変化を起こそう』 みくに出版.

Trevor MacKenzie (2016) Bringing Inquiry-Based Learning Into Your Class. (ウェブサイト: https://www.edutopia.org/article/bringing-inquiry-based-learning-into-your-class-trevor-mackenzie)

(つちや しんいち)