スキーマを活用した物理と英語の教科横断型授業の効果

                           土屋進一(西武文理大学専任講師)

はじめに                                                         英語教育において、スキーマ (schema) の役割は重要な位置を占めるが、高等学校でスキーマを意識的に取り入れた指導は普段あまり行われていない。スキーマとは、個人が経験や文化的背景を通じて形成する知識の枠組みであり、新しい情報を理解する際の基盤となる。例えば、”soup” という単語一つを取っても、日本の文化における「スープを飲む」と、英語圏における eat soup という表現の違いは、文化的なスキーマの差異を示している。このような背景知識の違いを意識せずに外国語を学ぶことは、学習者が正確に意味を把握できない原因の一つとなり得る。

そこで、教科横断型授業の導入が学習者のスキーマ形成に効果的であると考えられる。

本稿では、教科横断型授業で物理と英語を結びつけることで、学習者は複数の視点からスキーマを形成し、より豊かな文脈で英語を理解できるようになる実践例を示したいと思う。

1.スキーマ (schema) とは何か 今井(2020)によれば、「ことばを使うためには、多くのスキーマを持ち、それらが統合される必要がある。」(p.41)としている。このスキーマとは、氷山の水面下のような知識であり、外部からの情報を理解する過程で、私たちはスキーマを使って情報の行間を補い、その解釈を行っている。スキーマがない場合、外国語学習において、新しい単語や文法を覚える際に、母国語のスキーマを使用し、誤用に陥るケースがある。例えば、日本語話者が英語の単語「紅茶」を覚える際、日本語の「緑茶」(“green tea”) という概念に対するスキーマを持ってしまい、「紅茶」を単に「赤い色のお茶」(“red tea”) と誤解してしまう可能性がある(正しくは、”black tea”)。このように、母国のスキーマが外国語学習者の誤った理解を引き起こすことがあるのだ。

2.スキーマ (schema) の役割

スキーマは、私たちが外部からの情報を理解し、記憶する際に重要な役割を果たしている。具体的には、次の(1)から(5)のような知識が挙げられよう(今井, 2020)。以下では、この枠組みに沿ってスキーマの知識とその役割について概観したい。

(1) 構文の知識

構文の知識は、言語の構文に関する知識を理解するのに役立つ。言語の構文は、文の構造や単語の配置に関するルールやパターンを指す。例えば、英語では主語(S)-動詞(V)-目的語(O)の語順が一般的であり、このような構文パターンを理解することで、文の意味を正しく解釈することができる。また、構文の知識は文の解釈のみならず、ライティングやスピーキングなどにおける文の生成にも関連しており、言語を産出(output)する上で重要な要素でもある。

(2) 共起の知識

共起の知識は、動詞とその目的語、動詞と副詞、名詞と形容詞などの単語同士の組み合わせによる親和性を理解するのに役立つ。例えば、日本語と英語における「スープを飲む」と eat soup の関係は次のように考えられる(表1)。

この例では、日本語で「スープを飲む」という場合、日本の文化においては味噌汁が代表的なスープの一つであり、「汁」そのものを「飲む」ことが行為の主体であると考えられる。一方、英語の eat soup は、液体だけでなく、野菜、肉、魚、豆、パスタ、米などの具材が一般的に含まれる。そのため、”soup” を eat と組み合わせるのである。これが、eat soup という表現が選択される理由の一つであろう。もし、このようなスキーマがない場合、単純に「飲む」という動詞を英語の drink に当てはめ、drink soup という誤用を招く可能性がある。これは、日本語と英語のスキーマのズレから生じる誤用例であろう。

(3) 使われる文脈と頻度の知識

文脈と頻度の知識は、単語や表現がどのような文脈で使われ、どの程度頻繁に現れるかを理解するのに役立つ。例えば、日本語において、「選ぶ」と「選定」という単語をどの程度のフォーマルさが必要かを考えて場面に応じて使い分けるであろう。

表2のように、複数の大学生が学食でメニューを決める場面で、そのうちの1人がどのメニューにするか迷っており、他のメンバーがメニューを早く決めるよう促そうとしている時に想定できる表現は、「早くメニューを選べよ」であろう。一方、表3のように、ある会社の採用担当者と社長が社員の採用期限を確認する場面で想定できる表現は、「応募者の中からいつまでに最適な候補者を選定する必要がありますか。」となるだろう。

また、頻度の知識は、よく使われる表現や単語を把握するのに役立つ。頻度の高い表現や単語はより重要である可能性が高く、より早く習得される傾向がある。

(4) 多義性の知識

多義性の知識は、単語や表現が複数の意味を持つ場合に、それらの意味を理解するのに役立つ。多義性のある単語や表現は、文脈によって異なる意味を持つことがあり、スキーマを通じてその適切な解釈を行うことが重要である。例えば、英語の bank は「銀行」を意味するだけでなく、「川岸」や「土手」などの意味も持つが、文脈によってその意味を推測する必要がある(表4)。スキーマは、このような多義性を理解し、適切な解釈を行うのに役立つ。

(5) 類義語の知識

類義語の知識は、同じ意味を持つが微妙に異なるニュアンスを持つ類義語を理解するのに役立つ。類義語の知識は、言葉の使い方や表現力を豊かにする上で重要である。例えば、英語で biglargehuge などは全て「大きい」という意味を持つが、微妙なニュアンスの違いがあり、スキーマを通じてその違いを理解することができる(表5)。

このように、類義語の知識を持つことは、より正確かつ適切な表現を産出(output)することが可能となり、学習者のコミュニケーション能力の向上に寄与するのである。

3.物理と英語の教科横断型授業によるスキーマ形成
 これまでスキーマの役割(1)から(5)について概観してきた。その中でも特に、(2)共起の知識、(4)多義性の知識、(5)類義語の知識を形成するのに教科横断型授業が有効であると考えられる。本節では、土屋(2021a)に基づき、新たな要素を追加した物理と英語の教科横断型授業が学習者のスキーマ形成にどのように寄与するかを考えてみたい。

(1) Speed Velocity の違いと acceleration の語の質感

物理の授業では、学習者が速さ(Speed)と速度(Velocity)の違いを理解することが求められる。英語の表現においても、これらの概念に対応する単語やフレーズには微妙なニュアンスの違いがある。例えば、「速さ」は speed で表され、一方で「速度」は velocity で表される。このような違いに対する気づきを促進するため、授業の冒頭で Word Definition Game を行った。これは、Information Gap を用いてそれぞれ与えられた英単語を相手が理解できるように英語で伝えるペア活動である。提示した単語は car(自動車)と typhoon(台風)であるが、前者は速さを連想させる一般的な単語であり、後者は、速度と同時に「方向」を想起させる単語である。
 このペア活動を終えると、図1に示されるように、物理の教師が「velocity は速度を示すベクトルであり、台風が方向を持って進む性質を考慮すると、速度を表現する際には speed よりも velocity が適切です。」や、図2のように「スピード違反はどの方角でも捕まってしまいます。つまり、質量が関係しているのは速度のみです。」というような「速さ」と「速度」に関する解説をしてもらった。さらに、加速度(acceleration)に関しても等速円運動の動画を見せながら、ベクトルの方向と加速度の関係性について理解を促した。

その後、次の①~③のような英語表現について物理を学ぶことで形成されたスキーマを活用して英語教師が次のような英語表現を解説した。

加速するインフレ (accelerating inflation)

インフレーションとは、一般的に物価水準が持続的に上昇する現象を指す。物理学で、加速度が速度の変化を表すのと同様に、インフレーションの加速は物価上昇のペースが速まることを意味する。すなわち、インフレーション率が増加するにつれて、物価上昇がより速い速度で進行することを強調した表現であることを示唆している。

② 加速する技術革新 (accelerating technological innovation)
 
加速する技術革新とは、新しい技術やイノベーションが次々に生まれ、普及していく過程を指している。物理学では、加速度が物体の運動を変化させる力を表す。技術革新の加速も同様で、新しいテクノロジーやアイデアが市場や社会に与える影響を変化させる力と見なすことができる。この加速度が高まると、新しい技術が市場に導入され、古い技術が置き換えられるスピードが速くなることを示唆している。

③ 地球温暖化を加速させる (accelerate global warming)
 
地球温暖化を加速させるとは、地球温暖化の速度を増加させていることを示している。物理学的には、温室効果ガスの排出量が増加し、地球の温暖化の速度を上げていることを指している。この表現は、人間の活動によって引き起こされる温暖化現象の速度を強調している。これらの例文では、accelerate が物理学のニュアンスを加味して、変化の速度が速いことを強調し、その速度が継続的に増加していることを示している。

(2) Force の意味の深さ

物理学において「力」は基本的な概念であり、英語でも force として表される。しかし、この単語には核となる「力」の意味から派生して複数の意味が含まれており、文脈によって異なる訳語が存在する。授業では、学習者に次のようなさまざまな意味の例(①~⑤)を挙げ、その中で force の使い方の多様性を理解させた。これにより、生徒は抽象的な物理学の概念からさまざまな具体的な意味を表すスキーマ形成を促進することができた。

(3) Tensionの本当の意味Tension は物理学だけでなく、日常英会話においても使われる単語であるが、その意味は文脈によって異なる。物理学の文脈では、物体にかかる張力を指す。しかし、日本語におけるこの語の使用域では「今日は、彼はテンションが高い」と表現されるが、これを対応する英語に当てはめ、“He is in high tension today.” のように誤用を引き起こしてしまうケースが見られる。正しくは、He is excited today. のように表現すればよいのだが、このような誤用がなぜ生じるかと言えば、英語と日本語のスキーマのズレがあるからに他ならない。このような日本語と英語のスキーマのズレを修正するのに役立つのが、教科横断型授業であろう。張力とは「糸がピンと張っている状態で働く」という物理における意味も tension という英単語に含まれている。つまり、「糸がピンと張っている」状態を指しており、その核となる意味から転じて、「緊張している状態」や「緊張関係」、「不安の感情」を指すこともあるのだ。このように物理を学ぶことで形成されたスキーマを活用し、次の①②のような英語表現を挙げ、英語教師が解説を加えた。

このように、物理と英語の教科横断型授業では、(1)~(3)の物理学の用語を通して、学習者が物理学の概念と英語の言語スキーマを同時に形成できるような工夫を施した。これにより、学習者はより深い理解を得られ、異なる領域の知識を統合するスキルを身につけることができる。

4.生徒の振り返り・感想

授業の残り5分程度で,振り返りも行った。生徒の感想から,教科横断的な視点が英語学習に対する動機づけとなったと思われる主なコメントを以下に挙げておく。

(「振り返りシート」より)

1.今日の授業の中で「学んだこと」・「気づいたこと」・「深まったこと」を書いてみましょう。

(生徒Aのコメント)

「速さと速度は日本語では、ニュアンスが違うだけだが、英語では単語自体が違うことを物理と併せて学んだので、わかりやすかった。」

(生徒Bのコメント)

「英語は一単語の中にいろいろなニュアンスが詰まっていて、その背景から複数の意味が派生しているのではないかと気づいた。」

(生徒Cのコメント)

「単語を機械的に覚えるのではなく、物理と関連つけて学ぶ方が良いと思った。これなら理解したことを長期的に覚えていられそうです。」

5.おわりに

 本稿では、スキーマ理論と教科横断型授業の融合が、英語教育において大きな効果をもたらす可能性があることを示した。スキーマ形成を意識した教科横断型のアプローチは、単に語彙や文法の習得にとどまらず、異なる文化的背景を持つ情報の処理能力を向上させることができる。さらに、他教科の知識と英語を結びつけることで、英語を用いた深い思考力の養成が可能となる。

今後の課題としては、具体的な指導法の開発と、各教科における内容の連携方法についてのさらなる研究が必要である。しかし、本研究が示唆するように、教科横断型授業はスキーマ理論を活用し、英語学習や指導に新しい可能性を広げる一つのアプローチであるといえるのではなかろうか。

謝 辞  

本授業を行うにあたり,西武学園文理高等学校理科(物理)の伊藤一麿先生には,授業当日の指導のみならず,指導案作成 から授業実施に至るまでの打合せにおいても多大なるご協力をいただきました。ここに心より感謝申し上げます。

参考文献

今井むつみ (2020). 『英語独習法』. 岩波新書.

土屋進一 (2021a). 「物理×英語のCLIL・教科横断型授業」. 啓林館ホームページ授業実践記録.

土屋進一 (2021b). 「教科横断的な視点に立った言語能力を育成する英語連携授業」. 『英語教育 10月号』, pp. 70-71. 大修館書店.

土屋進一 (2021c). 「言語習得の3要素を促す教科横断型授業の実践~主体的・対話的で深い学びの実現のために~」. 『CHART NETWORK 96号』, pp. 10-12. 数研出版.

参考映像

土屋進一・片山 哲 (2021). 「教科横断型授業:英語×物理~speedvelocityの理解への「加速」~」. Find!アクティブラーナー.

Tsuchiya, Shinichi (2024). Cross Curricular Teaching – ELEC Interview. https://www.elec.or.jp/research_report/7218

(つちや しんいち)