笹島茂(NPO CLIL教員研修研究所(CLIL-ite)理事長、元東洋英和女学院大学教授)
ジャパン・スタンダード(Japan Standards)(JS)は、すでに多くの英語教師や研究者、さらには言語教育全般にわたって知られているCEFRをもとに作成された。発表からすでに10年あまりが経過し状況は変わってきているが、当初の骨子は現時点でも生きている。加えて、この10年の間に、CLIL(内容と言語を統合した学習)は英語教育を中心にほぼ定着した学習となりつつある(笹島, 2020)。その最中、新型コロナウイルス感染症の蔓延があり、ウクライナなどでの紛争があり、さらには、AIが急速に進歩し世界は大きく変わり、ヨーロッパ統合の柱として言語の学習、指導、評価の指針を示したCEFRの理想は、過渡期に来ているかもしれない。
そのような状況で、JSが2024年の現在においてどのような意味を持つかは定かではないが、『新たなジャパン・スタンダード』がここに出版された意義は確かにあると思う。本稿では、CEFRとほぼ並行して発展したCLILを、双方に当初から関心を示し調査と研究と実践を続けてきた観点から、特にCEFRやCLILが目指している学習者中心(learner-centredness) に焦点を当て論じたい。JSが目指す英語の学習・指導・評価の基盤もそこにあると考えるからである。
CEFRの本来の目的
まずは、CEFRの本来の目的を確認しておこう。CEFRは2001年に公開されてからさまざまに発展し、応用言語学などの発展にも大きく貢献した。しかし、多くは評価(assessment)に関心が集まり、主に言語力の測定の尺度として利用されるようになり、言語能力の指標として注目され大きく発展した。いまや、言語力テストの尺度には欠かせないスタンダードとなり、「私の英語力はB2、フランス語力はA2」などと使われ、学習にも仕事においても活用されるようになった。確かにそれはCEFRの一つの目的であり、その意味で成功したと言える。しかし、本来の意図はかなり複雑で多様である。すべてを理解している人は多くはいない。
CEFRは、それまでの一元的なシラバスから離れ、言語をどのように使うかという視点(action-oriented)を重視し、実生活における言語の意味や機能を多面的に調査分析し、多くの時間をかけて提言された。それが、ディスクリプタ(descriptor)やCan-doリスト(Can-do statements)として具現化され、実際の言語指導や学習に利用されることとなった。ヨーロッパの教育では、学習者の自律(learner autonomy)を奨励する仕組みとしてELP (European Language Portfolio) 1を具体的に推進した。EU市民が互いの言語を尊重し、言語力をコミュニケーション能力(communicative language competences)として透明化することで、自律的な学習を促し、域内の移動を活発化し、地域の安定に寄与することを願ったわけである。全体尺度(global scale)などのディスクリプタを見ると、単に言語のことだけではなく、関連する内容なども含まれていることは明らかだったが、現実はより複雑であり、当初の意図は必ずしも生かされているとは言えない。
CEFRの大きな目標は、1)ヨーロッパの各地域の教育を促進すること、2)言語に関する資格を互いに認識する基礎を示すこと、3)学習者、教師、その他教育関係者を支援することにあり、それに寄与する言語使用と学習を体系的な枠組として示すことである(Council of Europe, 2018)。背景には、EUの平和と統一を後押しすることにあったことは言うまでもない。JSは、その趣旨に沿って、日本の学習者の英語レベルを記述するRLDs (Reference Level Descriptions)として、学習や指導などの一つの指針を示そうとした。
現状の日本の英語教育のCEFRへの主な関心は、6レベルの英語力の指標(C2, C1, B2,B1, A2, A1)や5領域の技能(listening, reading, spoken interaction, spoken presentation, writing)に偏っている。CEFRが提示した複言語主義(plurilingualism)・複文化主義(pluriculturalism)、学習者の自律(learner autonomy)、コミュニケーションや言語学習の意義などは、残念ながらあまり顧みられない。それでも、CLILなどが浸透した背景にはCEFRはなくてはならないものであり、今後もその本来の趣旨が日本の教育に生かされることを期待する。
JSの意義
JSは、CEFRのRLDsの一つとしてレベルを細分化し、各ディスクリプタを総論と各論に分けて4技能で示し、判断の基準として言語材料の具体例や事例を示した。たとえば、A1.3の「聞く」の総論は、「当人に向かって丁寧にゆっくりと話されれば、ごく身近で簡単な発話(個人的な質問、日常的な指示や依頼など)を理解できる」となっている。その下位分類の各論は、「具体的な場面(買い物、食事など)や個人的な経験(スポーツ、映画など)に関連する話題について、簡単な対話を理解できる」「はっきりとした発音で、ゆっくりと個人的に話しかけられれば、日常のよくある状況での簡単な内容を理解できる」としている。
JSは、ディスクリプタ作成にあたって、CEFRの条件、話題・場面、対象、行動などの指針に従い、日本の文脈に照らし、学校現場などの経験的な質的なデータをもとに、工夫した。C2とC1は、ディスクリプタのみを提示し、Pre-A1は、早期の英語教育に焦点を当てた具体的な実践事例に照らすこととした。私が主に担当した作業は、B2.2, B2.1,B1.2,B1.1, A2.2, A2.1, A1.3, A1.2, A1.1の9段階の言語材料を示すことだった。具体的な語彙、文法、談話などの言語材料の例を、各レベルと技能に応じて提示し、その評価を示すという作業である。そのような作業は、CEFR開発当初からの関心であり、テストなどで検証し可能な限り客観的なデータをもとに多くの研究者が検討していたと記憶している。そのプロセスの詳細はすでに報告している(笹島, 2013)が、最終的には教師としての直観に判断を委ねていると言えるだろう。
たとえば、A1.3の「聞く」の例では、比較の表現を例として扱い、「Japan is an island country in East Asia.(語彙)」「My school is better than yours.(文法)」「Mobile phones are more important to many people than cars.(文)」「A: Today’s test is much more difficult than before. B: I think so, too. It is a higher level than the last test. A: I won’t pass it.(談話)」などの典型例を示した。さらに、「このような身近なテストの話題についての簡単な対話を理解できる」という評価基準を参考として加えてある。典型例としたのは、言語の形態や機能での精緻なレベル分けは不可能と判断したからだ。典型例を示し、評価の基準を示し、各利用者の判断に委ねることで、指導や学習の参考に利用してほしいと考えた。
言語の形態や機能によるレベル分けは、研究者としては興味深いが、教育の面からするとそれほど重要ではないだろう。たとえば、語彙レベルでcountryをA1.3と限定することは、人の認識や文脈に依存するので、いわゆる自然科学的な検証はむずかしい。その意味で、countryを文脈と合わせて示し、A1.3の判断の例として示した。そのような認識のもとに、授業や学習活動の判断の材料の指針として利用することを目的として、「言語材料参照表」を作成した。
JSの言語材料参照表は、CEFR-J2 やEnglish Profile3 が目指した大規模で定量的な検証方法を重視したプロセスではなく、教育現場の実態に焦点を当てた定性的な検証方法をもとにしている。理由は、これまでCEFRの検証やRLDs化の過程では多くの定量的な分析が積み重ねられたが、実践の段階になると教師や学習者の判断や経験という定性的な要素が重要になると気づいたからである。結局、多くのプロジェクトが最終的には人の判断に委ねたのである。私自身も多様な資料にあたり、多面的な方法を調査したが、自分自身の教師の直観が最も信頼できる基準となった。AIが人間と同等あるいはそれを超える転換点と言われるシンギュラリティ(singularity)は、2045年と想定されている。しかし、実際、AIが言語処理を一見人間と同じようにできるとしても、定性的な判断が重要となるのではないかと考える。
JSの言語材料参照表は、その点を考慮し現場の実践と経験を重視している。それぞれのレベルの技能に関して統合的な指針を示し、多少の判断の要素を加え、事例を示した。それを、教師や生徒が文脈に応じて利用することを意図したのである。JSは、これとは別にPre-A1を指導事例として提供している。よく見ると、同様な言語材料が提示されていることに気づくだろう。実際の指導や学習で扱った資料を参考にしているので、そのような重複は起こる。ある言語材料が特定のある技能レベルで使われるということではないからである。要するに、語の使用はどのような文脈で使われるかによる。たとえば、Cambridge Dictionaryでは、countryは、A1かA2のレベルでふつう使われるが、「all the people who live in a country(ある国に住むすべての人、国民)」の意味では、countryをC2としている。例文は、The whole country celebrated the signing of the peace treaty.(国民全てがその平和条約の調印を祝った)である。結局、判断は総合的にならざるをえないのだろう。
画一的にレベルを分けることはむずかしく、さらに、それが指導や学習にはそれほど意味があるとは考えられない。ディスクリプタは学習者一人ひとりに対応するものであり、条件、話題・場面、対象、行動などを示したとしても、それはその学習者の目安でしかない。JSは小中高大の英語教育をつなぐプロジェクトであり、学習者一人ひとりの実践に重きを置いている。それを支援することが教師の役割であり、JSはその一つの指針として開発された。
ふりかえりとしての活用するJS
JSが「絵に描いた餅」になってはいけない。実際の指導や学習にあたっては、Can-doリストなどとして参照される必要があるが、参照したからと言って、その次に「何をするか」は別の問題である。教科書に沿って、発音、語彙、文法、そして、4技能などに焦点を当て、コミュニケーション活動をし、英語の知識や技能の向上に努めることだけでは、生徒の動機づけを維持するのはむずかしく、工夫が必要である。いずれにしても、JSなどのディスクリプタありきで考えることは本末転倒だろう。多様な学習活動の中で利用することが大切で、Can-doリストは、目標とするよりも、ふりかえりとして活用することに意味があると考えている。
A1.1の「読む」の総論ディスクリプタは、「あらかじめ練習の機会が与えられれば、教科書などに載っている日常生活の身近なことを表わす短い表現を、正しい発音で音読することができる」となっている。これを学習目標に設定すると、「正しい発音で音読する」という学習活動に矮小化される可能性がある。それよりも、学習者自身が自分自身の学習活動全般を通じて、「正しい発音」や「音読」をどのように意識しているかをふりかえり、その後の学習活動の方向性を見出すほうが、効果的な「読む」という行為につながる。この学習者自身の意識が、次の学習のステップとなり形成的な評価に役立つ。たとえば、高校英語教科書『Grove English Communication I』(文英堂)ではそのようにJSを利用している(笹島, 久保野など, 2021)。
JSは教材や活動の準備にも当然ながら有効だが、学習者自身が自律して利用できるように教師が工夫することがより求められる。JSのファイルはウェブよりダウンロード可能で、「Japan Standards ver.1」4 のファイルにはすべて含まれていて加工ができるようになっているので、利用してほしい。たとえば、A1.3「話す」の各論ディスクリプタでは、「練習を重ねれば、学習した基本的な語彙、表現、文法、文構造などに限られるが効果的に使って、意思を伝えたり発表したりすることができる」としてある。具体例として、「Look up to the sky and see the sun.」を提示している。しかし、学習のポイントは命令文が言えるというようなことではなく、「空を見上げ太陽を見る」というような行為を伝えることができるということで、「I like watching movies and listening to music.」などと言えることが大切だ。学習者はそのような行為を伝えることが「できる」ということから自分の英語力の位置を評価する。
JSとCLIL
CLILは、もともと学校で学ぶ授業科目と学ぶ言語を統合した学習としてEUが推進したが、実践の中で次第に広い意味で考えられるようになり、現在では多様なCLILが展開されるようになっている(笹島, 2020)。現状では、CLILは、学際的(interdisciplinary)で教科横断的(cross-curricular)な学習の総称(umbrella term)として、バイリンガル教育などの言語教育の一環で語られることが多いと感じている。その関係から、多様で複雑な統合的な学習(integrated learning)としての評価のあり方にも関心が向いている。CEFRはその際の評価に利用され、English ProfileやEaquals5 など、CEFRの活用の具体的なアイディアの中にはCLILの要素が散見される。特に、EaqualsはCLILに近い実践的で具体的な状況や場面(scenarios)を提供している。JSはその考えを踏襲して、言語材料参照表にはCLILの観点を取り入れている。
CLILには、学習目標に合わせて、内容の学習と言語の学習のバランスを考慮することが基本にある。評価の観点もその点に左右される。JSなどのディスクリプタは基本的にルーブリック(rubric)の一種と考えてよいので、それぞれの授業の学習目標に沿って、JSのディスクリプタに他の学習要素を加え、言語材料参照表の基準をもとに、学習内容を具体化し利用することが可能になる。JSのディスクリプタは、条件、話題・場面、対象、行動などの要件が明確に入っていることにより、CLILの評価としては利用しやすい。たとえば、A2.1「読む」を例に考えてみよう。
JS A2.1「読む」 | 高校1年生の授業での利用例 |
(ディスクリプタ)よく使われる一般的な語彙で書かれた日常的で簡単な文章(私的な手紙、パンフレット、メニューなど)であれば、ほとんど問題なく読める。 多少難しい内容の文章であっても、文脈に応じた簡単な推測を働かせて、必要な情報を読み取ることができる。 | 例)『Grove English Communication I』Lesson 3 Musubi Ties and Knots テキスト例)Do you know the Japanese name movie Kimi no Na wa, or Your name? The hero and the heroine each wear kumihimo. … (Can-do) 教科書の英文(120語程度)の内容の結びと組紐について必要な情報を理解し、興味を持つことができる。 |
(文法例)Vaccines are likely to play an important role in health care. | (基本文)This key items shows us the basic theme of the story. |
(評価基準)多少むずかしい語句や文構造があっても、文脈に応じた簡単な推測を働かせて、情報を読み取ることができる。 | (ふりかえりシート)日本人の結びへ込めた願いについて複雑でない文章を1文ずつ理解できる [A B C] |
表は、JSのディスクリプタと実際の授業利用とを比較したものである。生徒自身が、授業活動を通じて「読む」ことについてふりかえり、どのように自己評価するかを意図した。「聞く、話す、書く」活動も同様にふりかえり、日本の伝統文化である「結び」という内容と英語活動を統合し、思考を促すように工夫している。このように、JSがCLILの学習の評価(ふりかえり)として利用されることは効果的と考える。
学習者中心を目指すJSとCLIL
日本で英語教育学という分野がスタートしてわずか1世紀あまりである。JSもその流れの中にあるが、CLILはその伝統からは少しずれている。生成AIは急速に進歩し、知識を積み重ねる学問や教授という考えは変わらなければいけない。人間にしかできない創造性や芸術が重要になり、学びの質が変わり、学習者が自律して学ぶ傾向はますます必要になっている。今こそ、学習者中心の学びを教師は追求すべきだろう。その際に、JSやCLILという学習を支援する仕組みは役立つと考える。JSは自己の学習のふりかえりとして、また、CLILは学びのあり方として、学習者中心の学びを支援することを期待したい。
1 「どの言語が使えるか」を示すパスポート(language passport)、言語学習を示す履歴( language biography)、言語学習を示す証拠となる記録(dossier)を学習者自身が書類として持つこと
2 詳細は、https://www.englishprofile.org
3 詳細は、http://www.cefr-j.org/cefrj.html
4 詳細は、https://sasajimashigeru.wixsite.com/japan-standards
5 https://www.eaquals.org
主な関連文献
Council of Europe. (2018). Common European Framework of Reference for Languages: learning, teaching, assessment. Companion volume with new descriptors. https://rm.coe.int/cefr-companion-volume-with-new-descriptors-2018/1680787989.
笹島茂. (2013). 「2.2 JS ディスクリプター(B2.2〜A1.1)と言語材料参照表の作成にあたって」 川成・岡・笹島. (2013).『外国語コミュニケーション能力育成のための日本型CEFR の開発と妥当性の検証』. 研究課題番号 22320108,平成22年度~平成24年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 39-52.
笹島茂. (2020). 『教育としてのCLIL』. 三修社.
笹島茂・久保野雅史他. (2021).『Grove English Communication I』高等学校, CI|719.文英堂
(ささじましげる)