吉原 学(慶應義塾大学非常勤講師)
1. はじめに
ICTの飛躍的な発達、コロナによるオンライン授業の急速な普及、そして1人1台端末の時代の到来、これらのことを考えると、英語教育の現場もその変化に順応せざるを得ない状況になっている。さらに、新学習指導要領が、小学校では2020年度に、中学校では2021年度に、そして高校では2022年度にスタートし、以下の図が示すように、現場の教員は「新学習指導要領における小・中・高を通した外国語教育の改善」を行いながら、到達目標に向かって学習者を導き、彼らの英語運用能力を高めて行く支援をおこなっていかなければならない。
日々の業務やクラス運営、そして指導だけでも時間と労力を要する状況下で、どのようにしてICTを活用した授業をデザインし、実行していくのかを考えるだけで気が遠くなる教員も少なからずいるのではないだろうか。今回、筆者が実践しているICTを活用した学習方法が教員の皆さまへの一助となればと思いここに紹介する。
2. ICTを活用した英語学習方法の紹介
ICT(Information and Communication Technology[情報通信技術])を活用した授業という話になると、教員の中には最新のICTを使った本格的な英語の授業をイメージする方がおられるかもしれない。今までの学習活動(授業)の中にICTを取り入れる必要がなかった場合、ICTを授業の中にどのように導入すべきか、またPCやタブレットなどの端末が正常に作動しなかった場合などのトラブル対応をどのように対処すべきかなどについて、教員が不安を持ってしまうのも当然のことである。しかし、実は道具となるICTをうまく授業の中に取り入れることができれば、以前より効率よく、効果的に授業を運営することができる。この評論ではでは、筆者が実践している3つのスタイルを紹介する。最初の2例は、大学で行われる4技能をカバーする総合的な学習で、90分で授業が完結するケースである。最後のMALLシステムを活用したケースは、高校の「英語コミュニケーション」の授業をイメージしたものである。
① パソコンとプロジェクターに、Wordを活用した総合英語学習方法
まず、最初のケースだが、パソコンとプロジェクターに、Wordファイルで作成した教材を使って授業を展開するものである。筆者は、1回完結型の総合英語学習の対面式授業でこの方法を取り入れている。これもICTを活用した学習の一種ではないかと思う。
また、この2年間コロナの影響で授業形態がリアルタイムオンライン授業になり、Zoomを使って同じような方法で授業を行ったが、このスタイルの学習はZoomとの相性も非常に良く、何の問題もなく導入でき、授業を円滑に行うことができた。リアルタイムオンライン授業においてもこの方法は有効であったと感じる。
授業の進め方
Step 1:リスニング
作業形態:クラス全体
展開イメージ:① まず、テキストを見ずにリスニングを3回行う。
② 次に、図1-1のような教材を配布し、リスニングをしながら、重要語彙・語句を問う空欄補充問題を行う。
Step 2:リーディンング(改行チャンクリーディング)
作業形態:個別またはペア→クラス全体
展開イメージ: ① 白紙の紙を配布し、図1-2のように、個別またはペアで、改行チャンキングを施し、英語的な発想で読解(和訳)を行う。
② 個別またはペアで読解をした後、教材をスクリーンに映し出し、クラス全体で文章の内容・構成、重要語彙、そして重要文法項目を確認する。
ポイント
・ 出版社によっては、購入した教科書をWord形式で配布してくれる。入手しておけば、英文を打ち込む手間が省ける。教科書を採択するときに確認しておきたい。
・ Wordの機能を利用して、学習者に注目してもらいたい語彙、語句、文法項目等に色をつけておくとよい。ここでは、語彙・語句は緑色に、文法項目は赤色になっている。
Step 3:スピーキング
作業形態:クラス全体
展開イメージ:① クラス全体で、音読を、スクリプトを見ながらの音読練習→オーバーラッピング(パラレルリーディング)の流れで行う。
Step 4:ライティング
作業形態:個別展開イメージ:① 図1-3のように、紙ベースで、学習した題材を利用して英作文を行う。ここでは、学習したニュース記事の要約文を作成する。
このように、PC、プロジェクターに、Wordで作成した教材を使えば、4つのモード(4技能)を使った練習方法が可能になり、協働作業を入れるなど学習者の主体の学習スタイルが実現できる。
②CALLシステムを活用した総合英語学習方法
次にCALLシステムを使用した学習法を紹介する。CALLとは、Computer Assisted Language Learningの略語で、コンピュータを使った言語学習のことを指す。学校にCALL教室があり、CALLシステムが導入されている場合、これを利用しない手はない。前述の学習法よりも、はるかに時間を有効的に使え、より包括的に英語力を強化することができる。ここでは、筆者が日頃使用しているCaLabo EX(チエル株式会社)というCALLシステムを使って説明する。CALLシステムには、数多くの機能がついているが、中でも動画学習ツール(「ムービーテレコ」)が4つのモード(4技能)を使った練習方法での活動に有効である。
授業の進め方
Step 1:リスニング
作業形態:個別。写真1のように、PCを使って、個々のペースで作業を行う。
展開イメージ:① 前述のWordを活用した学習方法と同様。
Step 2:リーディング(改行チャンキングリーディング)
作業形態:個別→ペア。ペアワークの時は、マイク付きヘッドホンでコミュニケーションを図る。
展開イメージ: ① まず、個別作業で改行チャンキングを施し、次に、写真2のようにマイク付きヘッドホンを使ってペアワークでチャンキングを確認しながら、英語的な発想で読解(和訳)を行う。
② 読解をした後、写真3のように教材をスクリーンに映し出し、クラス全体で文章の内容・構成、重要語彙、そして重要文法項目の確認作業をする。
Step3:スピーキング
作業形態:個別
学習ツール:動画学習ツール『ムービーテレコ』
展開イメージ:① 写真4のように、ムービーテレコを使って、スクリプトを見ながらの音読練習→オーバーラッピング (パラレルリーディング)→録音→音声ファイル作成の順番で作業を進める。
Step 4:ディスカッション
作業形態:ペア
展開イメージ:① CaLabo EXの「会話」機能を使って、ペアで4分→4分→3分のサイクルでディスカッションを行う。まずは,自分の言いたいことを明確化しまとめるために日本語で行い,その後の2回は英語で行う。
Step 5:ライティング
作業形態: 個別→クラス全体
展開イメージ:① 前述のWordを活用した学習方法と同様。ここでは、写真5のように英語的な和訳を参考にしながら、学習したニュース記事の重要部分の英文を復元する。
このように、CALLシステムを使用すれば、個々の学習者は自分のペースで、能動的に学習を進めることできるだけでなく、協働作業を通して学び合いも可能になる。さらに、CALL教室であれば、クラス全体で全体の学びの振り返りも行うことができる。
③CALLシステムからMALLシステムへ、MALLシステムを活用した総合英語学習方法
最後に、MALLシステムを活用した総合英語学習について説明する。MALLとは、Mobile Assisted Language Learningの略語で、モバイル・デバイスを使った言語学習のことを指す。現在、学習者に1人1台端末の時代になり、上記で紹介したCALLシステムを活用した学習からMALLシステムを活用した学習に移行すべき時期に入ってきている。MALLシステムを使えば、CALLシステムで行っていた学習がすべてカバーされるだけでなく、『教室』という空間に問われることなく、いつでも、どこでも学習できる環境も提供される。MALLシステムを活用した学習は的確に導入されれば、多くの面でCALLシステムよりもさらに効果的で、有機的なものになる可能性を大いに秘めている。ここでは、高校の「英語コミュニケーション」の授業をイメージして、MALLシステムの活用法を以下に提案する。
このように、授業の中で適切な場面に、適切な機能を導入すれば、教員は授業をより能動的に、効率よく展開させることができる。また、学習者もメリハリのある展開で、効率よく、効果的に学びを行うことができる。
3. MALLを活用した学習のメリット、デメリット
ICTを活用した学習のメリットとデメリットを紹介する。メリット、デメリットを認識することで、ICTに関する漠然とした不安が解消できるのではないかと思う。
①MALLシステムを活用した学習のメリット
★ インターネットに接続できる環境があれば、どこで学習しても、いつ学習しても、学習活動は全 て記録される。夏休み等の長期休暇の多読・多聴の課題等の学習活動の記録も可能である。つまり、1年を通して、学習者の学習記録を取り、管理することができる。
★ 授業内はもちろん、学習者が授業外に提出した課題や自己学習の結果など、あらゆる履歴を集約して一元管理することができる。
★ クラス全体の学習履歴だけでなく、個々の学習者の学習履歴も管理することができるため、練習問題やテストなどのデータを分析することが可能になり、個々の学習者に合った、適切なアドバイスを行うことができる。また、クラス全体でカバーしなければならない復習すべきポイントも可視化され、新しく学んだことの定着率を深めることができる。
★ 出席管理機能を使って、出席、遅刻、欠席の状況を自動集計し、履歴ファイルを保管できる。
★ 対面式授業の中で、ICTを活用する場合、学習者がアクティブ・ラーニングを行うことができるため、教員は自由に使える時間を確保することができ、机間巡視しながら学習者に声を掛け、質問に答えるなど、個々のニーズに応じたきめ細かい支援が可能になる。
★ ファイル管理機能を使って、用意したファイルを容易に配布、回収でき、保管することができ る。また、動画や音声を配布して使用することで、学習の動機付けを効果的に行うことができる。
★ ペアやグループをボタン一つの操作でできるため、人や机などの移動に必要な時間を節約することができる。
上記のメリットをまとめると、教員はICTを活用することで、作業の効率化が図れ、作業負担が軽減される。つまり、より本質的な教育に時間を割くことができ、学習者をより支援することが可能になる。
また、教員が個々の学習者を評価する上で、学習履歴から、ファイル化された(可視化された)テスト結果、課題提出状況、出席状況等のデータを使って、より迅速に且つ公平な評価、成績付けをすることが可能になる。
②MALLシステムを活用した学習のデメリット
★ MALLシステム導入のための費用が発生する。
解決策:
●MALLシステムを提供する企業に相談し、半年または1年のトライアルを打診し、実績を残し、予算を申請する。
★ 授業中に予期せぬトラブルが起きた場合、ICT 支援員がいなければ、技術的なトラブルを教員だけで解消しなければならない。
解決策:
● MALLシステムを提供する企業の担当者とコミュニケーションを取り質問等が気軽にできる人間関係を構築しておく。
● MALLシステムを提供する企業が開催するワークショップやセミナーに参加し、必要な知識やスキルを入手しておく。
● サーバーの調子が良くない場合などの緊急事態に備え、その時に使用できる緊急時用の教材を事前に作っておく。個人的な経験から言えば、授業ができないような問題は発生したことはない。
● 端末機器の調子が良くない場合に備え、2、3台予備の端末機器を用意しておく。
● 端末機器のバッテリーが切れた時のため、ACアダプター等を用意しておく。
★ 学習者に、コンピュータの基本的な知識、スキルが必要となる。
解決策:
● MALLシステムを使用し始める学期の初めにワークショップを開き、クラス全体で学ぶ。
3. まとめ
筆者が実際に行っている実践例をあげて、ICTを活用した学習方法を紹介してきた。PCやタブレットなどの情報端末を設置し、無線LANのような接続環境を整備しただけでは、有機的で、効果的な、効率のよい英語学習ができるわけではない。端末機器を活用できるプラットフォーム(MALLシステム)に、MAP(Meaningful, Authentic, Personal)の条件を満たした教材、そして目的(狙い)が明確にわかる練習問題が揃って初めて実現できる。そして、このかじ取りをする重要な存在が、教員である。教員なくして、この実現は不可能である。
また、ICTを使用することを先に考え、授業の中にICTを活用した学習を取り入れると、逆に授業の流れが悪くなり、学習効果が低くなる可能性がある。上記で紹介したように、まず年間の学習スケジュール、授業の進め方など、全体像を構築してから、次に俯瞰してどこにICTを活用すると効果的かを考えることが極めて重要だと筆者は考える。
今回紹介した実践例が何かのお役に立てればと思う。自分のために、そして学習者のために、ぜひ1歩足を踏み出してもらいたい。
(よしはら まなぶ)