教科書本文の読解活動における深い内容理解を促す推論発問

ELEC同友会英語研究学会研究活動⑦
(リーディング研究部会より)

平川新 (東京大学大学院)

はじめに

ELEC同友会英語教育学会リーディング研究部会では、読解活動における生徒の深い内容理解を促すための教師の手立てを研究しています。なかでも、読解内容の理解を深めるのに有効な手段としての推論発問に焦点を当て、実際の授業事例の談話分析を通してより詳細にその効果を検討しています。本稿では、読解における「深い内容理解」とはどのような状態を指すのか、そしてそれを促す「推論発問」の意義について、実際の授業事例とともに考察していきます。

1.本文の「内容理解」とは何か―テキストベースと状況モデル

そもそも、私たちが文章を読むとき、どのようにして「内容理解」を行っているのでしょうか。以下の英文を例にとって考えてみましょう。

   The next day the little prince came back. 
 `It would have been better to come back at the same time of day,’ said the fox. `For instance, if you come at four in the afternoon, when three o’clock strikes I shall begin to feel happy.’
(de Saint-Exupéry, 1995; 70)

次の日も星の王子さまは戻ってきました。

「昨日と同じ時間に来て欲しかったな」と狐は言いました。「例えばさ、君が四時に毎回戻ってくるのなら、三時の鐘が聞こえたときに僕はワクワクするようになるんだよ。」

(筆者拙訳)

英文を単語や表現や文法などの細部に注目しながら日本語訳を考えた方や、星の王子さまと狐の可愛らしい関係性をイメージした方、あるいは、この英文をある種の寓話として捉え、登場人物間の関係性を超えて、恋人や家族の愛情にまで思いを巡らせて解釈した方まで様々いらっしゃるかもしれません。いずれの場合も、英文を記号そのものとしてではなく、何らかの意味を伴って心の中にイメージを形成しています。この心に浮かび上がる訳語や情景などのイメージのことを心的表象(mental representation)と呼びます。

文章を読んだときに浮かび上がるこの心的表象、つまり本文の内容理解をKintsch(1994)は①「テキストベース」と②「状況モデル」の二つの理解に区分して説明しています。すなわち、①「テキストベース」の理解とは、単語や文法や文構造などの形式的な理解、またはそれらに基づく字義通りの意味的な理解であり、これは、明示的に本文で示された内容の理解に相当します。上の英文の例では、それぞれの単語や表現の意味が分かることや、句や節の区切りが分かること、つまり逐語的で表層的な理解のことを指します。一方で、②「状況モデル」に基づいた理解とは、読み手が既に持っている背景知識を活用し、本文に書かれている内容に関連する、人物、場面、行為、出来事などの「状況」を心にイメージしたものであり、これは本文には明記されていない内容を推論することによって得られる理解に当たります。例えば、「狐は星の王子さまに対して好意を抱いている」といったことは直接本文に書かれていませんが、「王子さまが来る一時間前から幸せな気分になる」という記述から推論することができます。そのようにして初めて王子さまと狐の関係性が理解でき、物語が「意味」のあるものとして捉えられるようになります。さらに言えば、狐からすると今まで価値がなかったであろう三時の鐘が、狐に幸福をもたらすシンボルとして捉え直され、「好きな人が自分の世界(の捉え方)を変える」というテーマについて、読み手自身のそれぞれの文脈に基づいて解釈できるようになるのです。

英語の授業における教科書本文の読解活動では、単語や文法や文構造などの修辞的観点やそれらに基づいた正確な日本語和訳による一文一文の字義的な意味理解など、テキストベースの理解のみを重視してはいないでしょうか。もちろん、外国語としての英語を習得する過程においてテキストベースの理解は軽視されるべきではありません。しかし、英文を生徒が「意味」あるものとして捉えるためには、状況モデルに基づいた理解を豊かにすることが必要不可欠です。英文を読む際に起こるその豊かな心的表象とともに英文を「味わう」ことは、読解活動の教育的意義の一つなのではないでしょうか。

生徒は初めから自分の背景知識を使って言外の情報を推論しながらテキストに一貫性のある意味を見出すことのできる優れた読み手であるわけではありません。そこで、生徒の心的表象を英文の字義通りの理解であるテキストベースの理解から、状況モデルに基づいた理解、すなわち、推論を用いたより「深い」理解へと促すことは教師の役割であると考えられます。以下では、テキストベースの理解レベルの生徒たちの心的表象をさらに豊かにするために、生徒たちに本文の内容理解について推論を行わせることで深い理解に到達させる教師の手立てを検討します。

2.深い内容理解を促す教師による推論発問

教師が生徒の内容理解を促進する有効な手段の一つに、教師による発問があります。発問は生徒に要求する認知レベルの観点から、①「事実発問(fact-finding question)」と②「推論発問(inferential question)」の大きく二つに整理することができます。①「事実発問」とは、本文中に明記されている事実や出来事などについて字義的に理解できているかどうかを確認する発問であり、②「推論発問」とは、本文中には明記されていない事柄について、生徒の既有の背景知識などを活用して推論することを要求する発問のことを言います。

先述した内容理解の整理と照らし合わせて考えてみると、事実発問は字義的理解であるテキストベースの理解の確認のために、推論発問は推論を要する深い理解である状況モデルに基づいた理解を促すために利用されると有効であると考えられます。したがって、本文の単語や一文一文の字義的な意味は理解できたけれども、本文が表す状況や筆者の意図などが理解できていない、すなわち心的表象が十分に豊かでない場合に、教師による推論発問を起点に、生徒の深い内容理解が促される可能性が指摘できます。つまり、推論発問は生徒を字義的理解から深い内容理解へと導く足場架け(scaffolding)の機能を持つことが考えられ、そのために読解活動に極めて重要な役割を果たすことが期待できるのです。

具体的に推論発問の例を見てみましょう。以下は後に取り上げる授業実践事例での教科書本文とその内容理解を深めるための推論発問です。

教科書Here We Go! English Course 1(光村図書)Unit5  “This is Our School”  Part1 (p.74)本文:

Tina       : That’s the swimming pool over there. Next to it, That’s the gym.
Ms. Rios : I see. Where’s the cafeteria?
Tina       : We don’t have one.
Ms. Rios : Really? Where do you have lunch?
Tina       : In the classroom.
Ms. Rios : Oh!
Tina       : Yes, the students serve lunch and eat together.
Ms. Rios : That’s nice.

推論発問:Why did Ms. Rios say, “That’s nice”?(「Ms. Riosはなぜ “That’s nice”と言ったのでしょうか」)

模範解答:「教室でみんなで配膳して食べるというアメリカとは違う文化を良いと思ったから」i

まず、That の指示内容は前文の Tina の発言の一部 “the students serve lunch and eat together.”(「生徒が一緒に配膳をして食べること」)を指しています。そして、それに対して アメリカ出身のMs. Rios ii が “nice”と発言しているのは、アメリカにはない文化だからだということが本文の流れからわかります(当該の日本の学校にはカフェテリアが学校に配置されておらず教室で食べるということに “Really?”  “Oh!” などとMs. Riosが驚いているのが読み取れます)。したがって、この発問は①thatの指示内容が「日本の生徒は一緒に配膳して食べること」であることと、②それがアメリカと異なる文化であることの二点を総合して理解することを生徒に求めるために、本文の内容を一貫した意味を持つものとして捉えなければ答えられないものであり、推論発問であるということができます。

やや複雑で中学一年生には高度すぎるように聞こえるかもしれませんが、実際の授業事例では、この推論発問を起点として生徒達が理解を深める様子が観察されました。以下では、推論発問を行うことで生徒が内容理解を深めていく過程を、授業事例の談話分析を通して考察します。

3.推論発問を用いた授業実践事例

本節では、2021年10月に行われた中学一年生の授業実践の事例を紹介します。授業者は本部会の部員であり、上で取り扱った教科書本文と推論発問を用いた授業実践です。

(1)授業全体の流れ

導入では、Unit 5の扉(p.73)に掲載されているリスニング問題を通してストーリーの概要を把握するタスクを行いました。その後に、アメリカの学校の写真や、学校生活の写真を何枚か生徒に見せて、日本の学校との違いについて考えてもらいました。

次の時間に、Part 1の本文の内容理解の活動へと入りました。始めに、Part 1のピクチャーカードを見せながら、内容を英語で聞き取る活動をしました。その次に、本文を一度音読してから、本文の内容理解の活動を行いました。初めは事実発問からスタートし、続けてMs. Riosの発言に関連した推論発問(Why did Ms. Rios say, “That’s nice”?「Ms. Riosはなぜ “That’s nice” と言ったのでしょうか」)を行いました。

 

(2)教師と生徒による実際の談話記録

推論発問を行う前に、まずはアメリカと日本の学校の昼食に関する文化の違いをMs. Riosの発言である “Really?” を起点にして気づかせてから推論発問(Why did Ms. Rios say, “That’s nice”? )を行っています。

T        : Why did Ms. Rios say, “Really?”
S1     : アメリカは食堂があるから。日本は食堂がないから。(1)
T        : そうだよね。では、どういう時に“Really?”って言うの。
S2     : 聞き返すとき。
S3     : びっくりしているとき。
T        : では、何にびっくりしたの。
S4     : カフェテリアがないことにびっくりしている。
T        : そうだね。では、Why was Ms. Rios surprised?
S1       : カフェテリアがないから。
T        : Why did Ms. Rios say, “That’s nice”? 【推論発問】
S1     : 一緒に食べるから。(2)
T        : それだけ。みんなで食べるだけかな。(3)
S2     : 生徒たちが一緒に配膳して、食べているから。(4)
T        : そうだね。では、Why is it good if you serve lunch and eat together?(5)
S1     : 給食を盛ったら、一緒に食べれる。
S1     : みんなで共感しながら食べれるから。
T        : 共感?どのようなことに共感するの。または、何に共感をするの。(6)
S2     : 飯。(7)
S3     : 気持ち。
S4     : 協力すること。(8)
S5     : お話しながら食べれる。 (9)
S6     : Enjoy
T        : そうだね。給食の配膳はみんなで協力するということと、お話しながら楽しく 食べられ るということだね。

(3)考察

まず、推論発問とその模範解答をもう一度確認しておきましょう。

推論発問:Why did Ms. Rios say, “That’s nice”?(「Ms. Riosはなぜ “That’s nice”と言ったのでしょうか」)

模範解答:「教室でみんなで配膳して食べるというアメリカとは違う文化を良いと思ったから」

模範解答の要素は①thatの指示内容を「教室でみんなで配膳して食べること」だと特定できていることと②それがアメリカと異なる文化であり驚きながらもMs. Riosは肯定的に評価していることの二点に大きく分けられます。

推論発問の前では、カフェテリアが学校にないことにMs. Riosが驚いていることから、日本とアメリカの文化の違いが存在することをクラスで確認しています。実際に生徒は「アメリカには食堂があるから。日本には食堂がないから。(1)」と「アメリカ」と「日本」というように一般化していることから、個別の学校単位ではなく、国単位での文化の差を読み取っていることが分かります。この時点で、模範解答の要素のうち②の理解がクラス内で確認・共有されました。

「Why did Ms. Rios say “That’s nice”?」という推論発問に対しては、まずS1が「一緒に食べるから。(2)」と答えていますが、本来はMs. Riosはアメリカのランチタイムとの違いに感嘆しているわけですから、「配膳(serve)」という単語が答えに入っていないと理解は十分とは言えません。教師はここで足場架けとして「みんなで食べるだけかな。(3)」と再度考えるよう促します。すると別の生徒が「生徒たちが一緒に配膳して、食べているから。(4)」と答え、ここでクラス全体として推論発問の答えの要素が出揃いました。しかし、「Why is it good if you serve lunch and eat together?(5)」「何に共感をするの。(6)」と教師はさらに発問を続けます。この発問によって生徒は一緒に同じご飯を食べている状況(7)や、配膳を協力している様子(8)や、班で友達とお話ししながら食べている情景(9)を想像して答えてくれているのが談話記録からわかります。まさに生徒たちの心的表象が豊かになっていく瞬間であると言えます。

おわりに

以上見てきたように、推論発問は生徒の心的表象を豊かにし、深い内容理解を促すことがお分かりいただけたと思います。一見味気のない文章であったとしても、推論発問を上手く活用することによって生徒の読解を深化させることが可能です。一般的に、学年が上がるにつれて、教科書に掲載される英文の読解にはより高度な推論が要求されるようになってきます。したがって、高校生の教科書の英文は推論が必要な個所がより明確にわかります。そういった意味では、今回の中学一年生の教科書の読解において、推論発問を活用して生徒の理解を深める実践は、どんな英文でも推論発問を作ることができるということを証明するための部会としての挑戦でもありました。

なお、推論発問を作成する際には、Graesser and Kreuz (1994)が「推論の類型」として挙げている以下に着目すると良いでしょう。

(1)「出来事の因果関係としての結果・帰結の予測」

(2)「テキスト全体として中心となる主な行動の目的」

(3)「場面や登場人物の心的状態の推測」

(4)「ある出来事によって引き起こされた登場人物の感情に潜む含意の推測」

(5)「著者の意図の推測」

(6)「テキスト全体のテーマの推測」

本実践の推論発問は、Ms. Riosの「nice」という発言から読み取れる感情の理由について問うていますので、推論の類型では上の(4)に該当します。

読解活動において、字義通りの理解のみにとどめず、生徒の心的表象を豊かなものにすることができれば、読解はもはや記述された内容の受動的な理解過程ではなく、読み手が本文に意味を見出す創造的な過程になり得ます。推論発問は、生徒が本文に命を吹き込み、自分の心を豊かなものにする教育的可能性を秘めているのです。

【参考文献】

Graesser, A.C. and Kreuz, R.J. (1994). A Theory of inference generation during text comprehension. Discourse Processes, 16. 145-160.

Kintsch, W. (1994). Text comprehension, memory, and learning. American Psychologist, 49, 294-303.

de Saint-Exupéry, A. (1995). The Little Prince, translated by T. V. F Cuffe. Penguin Classics.

寺内正典,渡邊聡大,平川新.(2018).「学習者の思考力・分析力を深化・発展させる「精緻化                        推論」を活用した読解指導―Active Learning からDeep Active Learning への転換                        を目指して―」ELEC同友会英語教育学会 『研究紀要』第14号, 6-23.

               

i 推論発問は文章の内容理解を深めることが第一の目的であり、英語の産出能力の向上を目指したものではないため、本部会では日本語による発問と回答を基本的に認める立場をとっている。ただし、生徒の学年や英語力、あるいは推論発問の内容に応じて英問英答の方が望ましい場合もある。今回の事例では対象の中学一年生の学力を考慮し、授業者が日本語による回答を認めた。英語の模範解答例は次のようになるだろう。 “Because she thought it was good that unlike in the U.S., the students serve lunch and eat together in Japan.”(筆者作成)

ii Ms. Riosは今回初めて登場する人物だが、教科書冒頭から登場しているアメリカ(ニューヨーク)出身のRios兄弟の母親であることはLesson導入時に教師によって紹介されている。本パートは、アメリカ出身のMs. Riosが公開日に学校を訪れているシーンである。

(ひらかわ あらた)

ELEC同友会英語教育学会 リーディング研究部会
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