現代の英語教育課題へのオーラルアプローチの応用可能性

ELEC同友会英語教育学会研究活動 ⑤
(オーラルアプローチ研究部会より)

宮﨑太樹(日野市立日野第一中学校主任教諭)

1 はじめに

オーラルアプローチ(The Oral Approach)とは、1940年代に、ミシガン大学のフリーズ(C.C.Fries)教授が中心になって作り上げた、外国語教授法である。日本では山家保先生が中心となって、1950年代以降、ELECでの活動を通して広まっていった。本学会では、ELECより独立したのち、ELECサマープログラムと呼ばれる、20日間に及ぶ英語授業のための講習会の受講者である下村勇三郎先生、明石達彦先生、金枝岳晴先生を歴代の部長として、研究を進めてきた。

オーラルアプローチは、1970年代以降、衰退したと言われているが、現在の日本での英語授業に大きな影響を残しており、現代の英語教育課題に応用できる可能性を秘めた部分もあると考える。例えば、中学校や高等学校の学習指導要領では、「授業は英語で行うことを基本とする」と記述がある。山家保は、「フリーズによれば、oralというのは目標を指すのだという。目標がoral、つまりoral productionということなのである。口頭で言えるということを必ず目的にすること、approachというのは、そのOral Productionへ行く道筋を言っているのである。」『あえて問う英語教育の原点とは, p.13, ll.10-14』と言っている。このことは、教師が英語を用いて、生徒が英語を使用できるように指導する、オーラルアプローチの理念と一致すると、私は考える。

それ以外にも、新しい学習指導要領において、「話すこと」が「話すこと[やり取り]」 と「話すこと[発表]」の2つの領域に分けられている。これは、「話すこと」が重視されているということ、そして特に「やり取り」が重要であるにも関わらず、なかなか十分に指導がされていないことが、各種学力調査によって明らかになっているため、改訂されたのだと考えられる。この辺りの課題の解決のヒントが、オーラルアプローチの様々な指導の中に隠されているのだと考える。

フリーズと共にオーラルアプローチを提唱した、トワデル(W.F.Twaddel)は以下のように言語が学ばれていくと述べた。

この学習過程を、オーラルアプローチにおける、典型的な1時間の授業展開例にしたものを紹介する。これは、スケルトンと呼ばれている。

 

最初に、Aで復習を行う。前時に学習し、家庭学習で十分に練習してきた、教科書本文の音読と暗唱を行う。その後、「パターンプラクティス」で本文の一部を入れ替えたり、疑問文や否定文に変換したりして口頭で発表する練習を行い、英問英答を行い、筆記によるテストで復習を終える。

次に、Bにおいて、本時で新しく学ぶ教科書本文の新出文法事項や新出語句を教師による口頭による導入である、「オーラルイントロダクション」を通して理解させ、口ならしの練習と理解の点検を行う。最後に、Cで教科書本文の音読練習を行う。

本稿では、特に、「話すこと〔発表・やり取り〕」に直接影響を与える指導法として、「パターンプラクティス」に焦点を当てて論じていく。

2 自己表現につながるパターンプラクティス

「話すこと〔発表〕」の領域で中学校2年生が「私の夢」というタイトルでスピーチをするという活動が教科書に設定されているとすると、その前には教科書本文の中で “I want to be an English teacher.” のような、不定詞の名詞的用法を扱った基本文を学んでいることだろう。しかし、実際に英語の教師になる生徒ばかりではない。医者になりたい生徒もいれば、サッカー選手になりたい生徒もいる。そこで、先ほどの基本文の’an English teacher’の部分を’a doctor’や’a soccer player’に入れ替える。

考えるのは簡単であるが、こうした文を発話する際、瞬時に英語が言えるだろうか。そこで、variationに分類されるパターンプラクティスであるsubstitutionの順番である。

以下のように、基本文を生徒に復唱させた後に、入れ替える部分の語句のみを教師が発声し、生徒は語句が入れ替わった文を発声する。

T: Repeat.  I want to be an English teacher.

S: I want to be an English teacher.

T: A doctor.

S: I want to be a doctor.

T: A soccer player.

S: I want to be a soccer player.

このように何度も発話をさせることで、基本文自体が無意識で発話できるようになるだけではなく、語句を入れ替えれば自分の言いたいことが言えるようになるという習慣形成も行うことができる。

しかしながら、音声のみを聞いて発話するのは生徒にとってはハードルが高く、さらに意味を理解しないで発話することもあった。そこで、本部会では、ICTの活用を提案している。ピクチャーカードを用いることも考えられるが、教師の準備の手間を抑え、瞬時に表示できるメリットも想定している。この場合であれば、入れ替える語句を表す、医者やサッカー選手の写真やイラストをコンピューターのスライドで表示しながら、上記の活動を行うことが考えられる。生徒の実態に応じては、発話させる語句を文字として表示することもありえるだろう。

もちろん、教科書で扱われている基本文以外にも、本文中に応用可能性がある文があれば、同様に扱っていくことができる。このように練習した経験が3年間積み重ねれば、相当な量の習慣形成につながるだろう。

3 複雑な文を発話できるようになるパターンプラクティス

「話すこと[発表]」の領域の活動として、中学3年生が、教科書本文を自分のことばで語り直して発表する(Story Retelling)場面を想定する。以下が生徒の発話例である。

S: Aya is going to talk about eagles.

   Her grandfather has lived in Hokkaido.

   Eagles are facing a lot of dangers.

単純に主語、動詞、目的語を並べただけの文になってしまい、文と文とのつながりにかけるようになってしまう。

そこで、修飾語句を付け加えていく、variationのパターンプラクティスの1つである、expansionの出番である。教師が教科書本文の中の、基本となる文を発話し、生徒が復唱する。次に、教師が付け加える修飾語句を発話し、生徒はその語句が付け加わった文を発話する。以下に例を示す。

T: Repeat.  Eagles are facing a lot of dangers.

S: Eagles are facing a lot of dangers.

T: He says.

S: He says eagles are facing a lot of dangers.

T: Because of humans.

S: He says eagles are facing a lot of dangers because of humans.

このような練習を繰り返すことで、以下のように、語り直しの時にも、自分の言葉で、複雑な文を言うことができるようになるだろう。

S: Aya is going to talk about eagles in Hokkaido.

   Her grandfather has lived in Hokkaido for a long time.

   He says eagles are facing a lot of dangers because of humans.

(本文は令和3年版One World English Course 3 Lesson 2 Part 1より)

また、前述したように、音声で語句を聞くだけで発話をするのは難しいことが考えられるため、以下のようにスライドを作成して、練習することも考えられる。元の文を記憶に保持しておくことが難しいため、各語の頭文字を残して、穴埋め形式にしてある。

           

4 即興的なやり取りにつながるパターンプラクティス

「話すこと[やり取り]」として、中学校1年生が、教師が提示した話題において、1分間ペアで自由に会話する場面を想定する。

この活動では、次の例のように、生徒それぞれが言いたいことを一方的に言い合って、会話が終了する可能性がある。

【やりとりの悪い例(話題:スポーツ)】

S1:I like soccer.

S2:I like basketball.

S1:I play soccer.

S2:Basketball is fun.

充実した「やりとり」を行うには、疑問文を使い、会話を深めていくことが必要になる。しかし、普段の英語の授業では、教科書の本文中の疑問文を音読したり、教科書の疑問文を学んだページではその疑問文を使ったペア活動を行ったり、教師の教科書の内容に関する英語の質問に英語で答える機会はあるが、なかなか自分から必要な疑問文を発話する機会がない。そこで、登場するのが、variationの中の、疑問文を作るパターンプラクティス、conversionである。

(最初にIをYouにsubstitutionで入れ替えている)

T: Repeat.  I play soccer every day.

S: I play soccer every day.

T: You.

S: You play soccer every day.

T: Question.

S: Do you play soccer every day?

T: When.

S: When do you play soccer?

このパターンプラクティスの大事なところは、単に疑問文を作るというだけではなく、相手の発話に応じて疑問文を作ることができるようになるところである。例えば、相手が’I play soccer.’と発話した場合、その肯定文から、相手の発話を受けて、さらに知りたい情報を尋ねるために瞬時に自由に疑問文を作って質問することができれば、’Do you play soccer every day?’や’Where do you play soccer?”のように疑問文を作って質問をすることで、より詳細な情報が得られたり内容を深めながら会話を継続させることができる。

やはり、音声だけを頼りに行うのは難しいため、以下のようなスライドを作成することが考えられる。ここでは、元の文からyes/no疑問文を、yes/no疑問文からwh-疑問文を作り出すため、元になる文を表示してある。

             

また、相手に質問するだけでは、やり取りが成立するわけではない。応答文を作って、質問に答える必要がある。そのために、variationの次の段階である、selectionのパターンプラクティスを行うことができる。

最初に疑問文を生徒に復唱させる。その後、答えを生徒に言わせる。ここで復唱させる疑問文は、難しいため、conversionで扱った疑問文を使うようにして、ハードルを下げることが重要である。以下のようになる。応答文はshort answerを言った後にlong answerを言うように習慣づけておくと、表現力が高まる。

T: Repeat.  Is Aya going to visit Asahiyama Zoo?

S: Is Aya going to visit Asahiyama Zoo?

T: Answer.

S: Yes, she is.  She is going to visit Asahiyama Zoo.

T: Repeat.  Where is Aya going to visit?

S: Where is Aya going to visit?

T: Answer.

S: Asahiyama Zoo.  She is going to visit Asahiyama Zoo.

(One World English Course 1 Lesson 8 Part 1の内容より)

音声による指示のみでは難しいため、以下のようなスライドを作成することが可能である。元の文を記憶に保持しておくことが難しいため、各語の頭文字を残して、穴埋め形式にしてある。

5 さいごに

これらの活動は、それ自体を行うだけでは、十分な表現力が育成されるわけではない。練習に使う基礎となる、教科書本文の意味が理解されており、家庭学習を通して暗唱できていることが前提になる。また、目的・場面・状況を意識させた上での生きた力としての知識や技能の実際の使用として、ゴールとなる、「発表」や「やり取り」の活動が設定されており、教科書本文の暗唱との間に大きな溝が存在しているため、そこに向けての橋渡しとしてこれらの練習活動が存在しているということを忘れてはならない。あくまでも、生徒が「発表」や「やり取り」を行えるようにするということが重要である。

オーラルアプローチ究部会では、本稿で論じたように、オーラルアプローチの指導法を、現在の英語授業実践にICTを活用することなどを通して、応用していく方法を提案してきた。また、部員を生徒役に想定したプラクティスティーチング(模擬授業)も定期的に行ってきた。今後は「思考力・判断力・表現力」を育成する活動につながるオーラルイントロダクションやパターンプラクティスの在り方について研究していく予定である。

(みやざき たいき)

ELEC同友会英語教育学会 オーラルアプローチ研究部会
https://elecfriends.com/oa