特集①「発信力の向上を目指した日本の英語教育」

尾関直子(明治大学国際日本学部教授)

新学習指導要領とCEFR

新学習指導要領では,「学びに向かう力,人間性」「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力」という3つの力をバランスよくはぐくむことが目標となっている。また,これらの力をどのように学ぶのかでは,「主体的・対話的深い学び(アクティブラーニング)」という学習過程を経ることが重要であると提言されている。この主体的・対話的深い学びとは,まさに,中学・高校でみなさんが使用しているCAN-DOリストの基となったCEFR(Common European Framework of References for Language)の思想と一致している。CEFR(2001)は,コミュニケーション能力を大きく3つのレベルで記述して参照枠を指し,多文化であり多言語であるヨーロッパにおいて言語学習や言語教育を促進する目的のために2001年にCouncil of Europeにより作成された。この参照枠に基づいてヨーロッパでは,言語教育の目標,到達度,言語能力の内容などを決めている。

CEFRとその思想:Intercultural Communicative Competenceと学習者の自律

文部科学省によると「外国語を使って何ができるようになるか」という観点(「CAN-DOリスト」形式)により学習到達目標を設定する取組の実施割合は,平成30年で中学校、高等学校ともに9割を超えている。しかし,CAN-DOリストを使用していても,その基となったCEFRの理念はあまり知られていない。CEFRは,外国語学習の目的として,複言語能力,複文化能力,及び学習者の自律の重要性を強調し,学習者中心の指導方法を重視してきた(Kohonen, 2009; Little, 2007)。これを他の言葉で言い表すと”intercultural communicative competence”を養成することと,学習者の自律を育てることがCEFRの理念と言える。このintercultural communicative competenceは,2018年にアップデートされたCEFR Companion Volumeでは,plurilingual and pluricultural competenceとして技能領域の一つとして組み込まれている。

Intercultural communicative competence(ICC: 複言語,複文化能力)は,まだ日本ではあまり浸透されていない言葉であるが,一人の人間が複数の言語を身に着け,それが互恵的な関係を築きながら,複数の文化能力を身に着けることを意味し,ある社会の中に複数の言語があり,複数の文化がある多言語・多文化とは異なった概念を指している。また,このICCは,単に言語能力のみを指すのではなく,言語使用者の個人的,社会的な能力や態度をも含み,他者に対して建設的な関係を結ぶことができる能力,あいまいさを許し,多様性を重んじる能力を指す。

また,CEFRのもう一つの目標であるのが,学習者の自律である。CEFRの学習者の自律は,専門的に言えば,認知心理学的な自律と社会文化的な自律の2つの意味を持つ。認知心理学のアプローチでは,個人の言語学習プロセスに焦点をあてて,個人がどのような学習ストラテジーを使用して自律した学習者になるのかを探求している。認知心理学でいう自律した学習者とは,自分で学習目標を定め,学習経過をモニタリングし,問題があれば解決し,学習が終わったあとに自己評価できる学習者を意味する。

一方,社会文化的なアプローチでは,ヴィゴツキー(Vygotsky, 1978)の対話モデルに基礎を置き,社会やコンテクストの中で,他者の協力を得て,自律していく学習者を育てることを目標にしている。社会心理学的な学習者の自律は,人は他者と関わりを持ちながら,自分の考えや知識を構成していき,高次元な精神の発達(例えば,言語の発達)もその関わりの中から生まれるというヴィゴツキーの考えに基づいている。ヴィゴツキーはこの考えを最近接領域(zone of proximal development)というメタファーを使い表現している。他者とは,教室内では,教師であったり,クラスメートであったりする。教師は,ヒントを与えたり,学習者を助ける質問をしたりして,学習者がタスクを完成できるようにscaffolding(足場掛け)をする役目を担う。あくまでも教師は,足場であり,主役は学習者である。

学習者の自律を,認知的アプローチと社会文化的アプローチの2つのアプローチで説明してきたが,これらは,学習指導要領が提言する「主体的・対話的深い学び(アクティブラーニング)」に通じるアプローチである。前者のアプローチは,主体的な学びと言えるし,後者のアプローチは対話的な学びを示唆している。

CEFRとタスクに基づく指導方法

それでは,CEFRの本体であるディスクリプターついて説明する。ディスクリプターは,どのようなコンテクストでも応用できるように一般的な表現で書かれており,ある特定のアプローチを推奨しているわけではない。しかし,すべてのディスクリプターは言語を使い何らかの活動を行うものとなっている。これらのディスクリプターはaction-orientedであるとCEFRでは言及されているが,暗に,タスクに基づく指導方法を示唆している。

学習者のそれぞれのスキルを上達させるには,教科書に掲載されているタスクやアクティビティだけでは十分ではない。とくにコミュニケーション能力やスピーキング能力に関しては,教員がタスクを授業で補っていく必要がある。それでは,スピーキングの中でもspoken interactionの能力を養うタスクにはどのような特徴があるのだろう。そもそも,タスクとは,アクティビティやエクササイズとどのような違いがあるのか見ていこう。タスクは,その焦点は,内容やメッセージにあるのに対して,エクササイズは,言語の構造や文法に焦点を置いたものである。また,アクティビティは,ニュートラルな言葉で、エクササイズやタスクも大きな意味ではこの中に含まれる。

エクササイズの典型的なものには,ターゲットである文法に関連するところが空所になっており,正しい形にして文章を完成させるものがある。この問題では,文脈がなく,文が独立して問題に出されることが多い。また,目標言語(不定詞だったり,仮定法現在だったり,文法項目が多い)を学習者の使わせるためのパターンプラクティスやサブスティチューション,レペティション,ダイヤログでの練習(あらかじめ,パターンが決められており,自由には言葉を変えることができない)などが含まれる。それに対して,タスクの形は多種多様であるが,タスクには共通する特徴がある。

①    タスクは意味を重視している。これは,タスクの最も重要な特徴である。

②    学習者は,自由に言語の形を選ぶことができる。あらかじめ,決められた文法事項や単語を練習したり,アクティビティに使うのではなく,学習者は自由にどのような単語や文法項目も使うことができる。

③    タスクを行う上で必ず学習者同士などでインタアクションがある。一人で行うアクティビティはタスクとは言いがたい。必ず,ペアやグループ内で,学習者同士が意味交渉できるインタラクションがある。

④    タスクには必ず,目標がある。タスクには,成果物(product)が必ずある。例えば,最終的には,タスクの中で絵を完成させるとか,結論を出すとか,何かを決定するとか,最終的に何かを成し遂げることが要求される。

タスクを評価するパフォーマンス評価

タスクを授業で取り入れた場合,そのタスクにおける学習者のパーファーマンスを評価する必要がある。ここでは,そのパフォーマンス評価について論じる。パフォーマンス評価は,authentic evaluation(真正評価)の一つである。Authentic assessmentとは,コミュニケーションの上で意味のあるものを、教育のなかで価値のあるものを測る評価であると言われている(Brown, 2012)そのauthentic evaluationには,自己評価,ポトフォーリオ評価とこのパフォーマンス評価が含まれる。自己評価に関しては,最近では、「振り返り」の時間をアクティビティが終わった後に設け,学習者が自分の学習を評価することが取り入れられることが多い。また,ポトフォーリオ評価は,学習者の学習を記録するのによく使われるが,英語教育において最もよく使われているのが,ライティングの授業である。ポトフォーリオを使ったライティングの授業の概要を説明する。学習者がエッセイを最初に書くとそれは,first draftになる。それを,例えば,友達同士で読み,そのエッセイにコメントを書き,それに基づいて,学習者はdraftを修整し,second draftを作る。次に教師がそれを読み,コメントを書き,それに基づいて学習者がfinal draftを作成する。それらのすべてをポトフォーリオに入れて保管する。ライティングで重要なのは,productではなくて,processであるという考え方から,process approachでは,ポトフォーリオが必ず使用される。

そして,最後にパフォーマンス評価である。パフォーマンス評価は,伝統的な筆記試験による評価とどこが違うのだろう。まず,後者は,個人を対象に学習者が授業で学習したことを覚えているかを,テストすることが多い。多くは教科書に書いてあったことや教師が授業中に話したことが試験対象となる。ほとんどの場合,一つしか正解がないため,だれが採点しても同じ点数になる。そういう意味で客観的なテストであるとは言える。また,正解は,多項選択式の答えだったり,もしくは単語や文一つであったりして,採点に時間を要しない。また,機械的に答えられる質問が多く,思考力,判断力,表現力はあまり必要とされない。現在,学習指導要領で求められている能力を十分に測ることができるかどうかは疑問である。

それに対して,パフォーマンス評価は,ある意味,伝統的なテストとは全く正反対の性質をもつ。パフォーマンス評価を使うアクティビティとしては,ディベートやディスカッション,絵を見て物語を作る,何かについてプレゼンテーションをする,プロジェクトをする,その他もろもろのタスクに使われる。このようなアクティビティに共通しているのは,正解は必ずしも一つしかないわけでなく,さまざまな形の正解があるということである。また,パフォーマンス評価は個人だけでなく,グループやペアを評価することがある。また,これらのアクティビティでは,学習者は,論理的に考えたり,批判的に考えたり,問題を解決したり,文章を推敲したりと思考力,判断力,表現力を必要とされるアクティビティが多い(表1参照)。

表1 伝統的なテストとパフォーマンス評価の違い

パフォーマンス評価では,通常,ルーブリックというものが使われる。これらの評価基準は,通常,タスクが行われる前に学習者たちに見せて,どのような基準で評価されるのか明確にしておくのが普通である。 

ルーブリック評価は大きく2つに分けることができる。一つは包括的ルーブリックで、もう一つは分析的ルーブリックである。この包括的ルーブリックは,飲食店を料理,サービス,雰囲気,値段などで評価するときにもよく使われるものである。英語教育においては,包括的ルーブリックは,全体的な学習者のパフォーマンスを評価するときに使われる。例えば,information gapのタスクを包括的なルーブリックで評価するとしたら,評価観点は以下のようなことが考えられる。まず,タスクは成功したかどうか,学習者はタスクを遂行するために努力をしていたかどうか,学習者の発話はわかりやすかったかどうかなどである。したがって,表2で示したように,評価項目にいちいち詳しい学習者のパフォーマンスの記述はなく,ただ,〇,△,×のような単純な方法でパフォーマンスを評価する。

表2 包括的ルーブリックの例

それに対して,分析的評価においては,学習者のパフォーマンスを全体的に評価するのではなくて,いくつかの項目の中で,さらに,学習者のパフォーマンスを細分化して記述し,それに基づいて評価するのが特徴である。例えば,information-gapのタスクであれば,タスクの完成度,学習者の言語がどの程度理解できるものであったか,学習者が話した言語の流暢度,学習者が使用した語彙の項目に分けたうえで,それぞれの項目で,学習者のパフォーマンスをレベルに分けて,レベルごとに記述する。最終的には,それぞれの項目ごとの点数を合計してパフォーマンスを測るということになる。

タスクを授業に取り入れる場合は,ルーブリックで学習者のパフォーマンスを測ることが望ましい。ルーブリックは,一度作成して終わりではなく,作成し使ってみて,その結果,現状に合わせて編集することが重要である。また,サンプルとなる学習者のパフォーマンスを録画し,それを見つつ,複数の教員が同じルーブリックを使い採点してみて,同じような採点結果になるか試してみることも重要である。

表3 分析的ルーブリックの例

第二言語習得理論から見たスピーキング

ここまでは,「新学習指導要領とCEFR」「CEFRとその思想」「CEFRとタスクに基づく指導」「タスクを評価するパフォーマンス評価」について論じてきた。CEFRはヨーロッパの学者が何十年もかけて,科学的エビデンスを積み重ねてきた結果の上に完成した参照枠であり,それを疑う余地はない。それでは,タスクに基づく指導法は果たして第二言語習得理論の裏付けがあるのであろうか。タスクの基本はインタラクションがあることである。社会文化的理論の基盤となるヴィゴツキーのzone of proximal developmentの考え方により,言語の発達にはインタラクションが重要であることは分かった。社会文化的理論では,話すことと考えることは非常に密接に関係しあっていると考える。他の人が自分に話すこと,自分が他の人に話すことを内在化して,人は自分の考える力を次第に発達させると考えられている。

インタラクションが言語習得には,不可欠であることは,認知心理学の視点からもいくつかの研究により支持されている。認知心理学の代表的な考え方は,情報処理の考え方を基本としている。最初は,知識として知っていたこと(declarative knowledge)がプラクティスをすることにより,自動的に発話できるようになる(procedural knowledge)という論理である。重要であるのは,このプラクティスはインタラクションが伴うこと,意味のあるプラクティスであること,タスクに焦点があることが重要である(Ortega, 2007)。これに関連して,the interaction hypothesis (Long, 1996)は,学習者たちが話しているときに使われるcomprehension checksや,clarification requests やself-repetition or paraphrase により,第二言語習得が起こると考えた。つまり,自分たちのスピーチやインタアクションを修整したり,お互いの意味がわかるように、意味交渉をすることによって言語を習得するとという考え方である。また,Longは,この仮説に加え,inputの中に特定の言語の特徴に気づくことであるnoticingやcorrective feedback(学習者が間違えをしたときのフィードバック)の重要性を強調している。また,これに関連して,Swaine (1985)は,学習者は,相手が理解できるようにスピーキングをしなくてはいけないときに,自分の能力の限界を自覚したり,他に良い言い方はないかと考える。そのような状況に常に身を置くことによって,言語習得が進むと提言している。

最後に

授業では,到達目標となるCAN-DOリストに基づき,タスクを取り入れた授業を行うことを推奨したい。毎回,タスクを考えるのが難しい場合は,学習者が主体となった意味のあるインタラクションを教室内に作り,学習者の第二言語習得を促進してくれることを期待する。

References

Brown, J. D. (2012). Developing, using, and analyzing rubrics in language assessment with case studies in Asian and Pacific languages. National Foreign Language Resource Center.

Council of Europe. (2001). Common European framework of reference for languages:
Learning, teaching, assessment. Cambridge University Press.

Council of Europe. (2018). Common European framework of reference for languages:
Learning, teaching, assessment. Companion volume with new descriptors.
https://rm.coe.int/cefr-companion-volume-with-new-descriptors-2018/1680787989

Kohonen, V. (2009). Autonomy, authenticity and agency in language education: The European language portfolio as a pedagogical resource.  [Paper presentation] Foreign Language Education Conference of University of Eastern Finland, Joensuu, Finland.

Little, D. (2007). The common European framework of reference for languages: Perspective on the making of supranational language education policy. Modern Language Journal,91, 645-653.

Long, M. H. (1996). The role of the linguistic environment in second language acquisition. In W. Ritchie & T. Bhatia (Eds.), Handbook of second language acquisition (PP. 413-468).

Ortega, L. (2007). Meaningful L2 practice in foreign language classrooms: A cognitive-interactionist SLA perspective. In R. M. DeKeyser (Ed.), Practice in a second language: Perspectives from applied linguistics and cognitive psychology (pp. 180-207).

Cambridge University Press.

Swaine, M. (1985). Communicative competence: Some roles of comprehensible input and comprehensible output in its development. In S. Gass & C. Madden (Eds.), Input in second language acquisition (pp. 235-253). Newbury House.  

Vygotsky, L. S. (1978). Mind in society. Harvard University Press.

文部科学省. (2018). 平成30年度「英語教育実施状況調査」概要.

https://www.mext.go.jp/content/20200710-mxt_kyoiku01-100000661_2.pdf

(おぜき なおこ)