松香洋子(mpi 松香フォニックス名誉会長)
はじめに
本稿で紹介しているのは、「学習者が自立してライティングを学ぶ」という仕組みです。コロナ過の現状で、学習者が自立して、黙々と、しかも楽しみながらライティングをすれば、学びを止めない、という課題が少しでもクリアできるかもしれません。
「多読」と「多書き」の違い
皆様もご存知の通り、英語教育における「多読」とは、自分のレベルにあった英語から始めて「たくさん読む」という学習法です。「たくさん読む」という体験を通して、知識を増やし、教養を高め、語彙も文法も自然に制御することを学習します。それでは「多書き」とは何でしょうか?英語を「たくさん書く」という意味では似ています。しかし、日本のように、自然な添削機能が働く英語環境がない場合は、「たくさん書く」だけでライティングが上達していくことは不可能です。日本の子供たちは、日本語で作文をするなら、書かせれば書かせるだけ上手になるという側面があります。それは、日常的に日本語が聞こえてきたり、日本語で書かれたものを読んだりして、たくさんのインプットがあるからです。しかし、英語の場合は違います。圧倒的にインプット量が少ないので、自然に修正する力が育つということは期待できません。そこで本稿では、私が生み出した添削が不要なライティング学習法を紹介いたします。 この学習法はたくさん書く=多書き、というコンセプトなしでは何も達成することはできません。ただし、同じことを何回もただ書き写すではなく、毎回、違ったトピックについて、自分で考えて「書く」ことで自律しながら「書く」以外のスキルも上げてゆきます。
多書きのはじまり
私がこの「多書き」というコンセプトを得たのは、数年前のモンゴル旅行がきっかけでした。最終日にウランバートルの一番大きな書店で見つけた英語の参考書は、タイトルから解説まで全てモンゴル語で書かれていて著者名さえわかりませんでした。3冊購入したのですが、そこには、平易な内容から始まり、だんだんに深い内容に発展していくトピックがおよそ600題、モンゴル語と英語の並列で紹介されていました。それを見た私は思いました。この草原の国モンゴルで育つ子供たちも、日本で育つ子供たちもみんな同じ体験をしている。誰もが始めは犬や猫、家族といったシンプルなトピックに触れ、次に自分の国や外国のことに触れ、そしてだんだんに幸福とか友情といった感情をともなうトピックに触れていくのです。これは世界共通である!日本の学習者たちも同じようなトピックについて英語で表現できるようになれば、将来、英語で交信、交流することが容易になり、英語を学ぶ意義が確認できる!書籍を手にしながら直感しました。
帰国した私は、さっそく「多書き」というコンセプトを深めようと決心しました。「書く」ことで伝えるにつなげ、学習者の自立を促す10のコンセプトを生み出しました。
- 考える→書く→伝える、というプロセスを基本とする。
- 誰もが書きたくなるような、普遍的で、魅力的なトピックを多数用意する。
- 小学生からでも始められるようにする。
- トピックは身近なものから徐々にグローバルなものへと発展していく。
- 10語前後の短い英文から始まり、だんだんに書く語数を増やす。
- 書き写す部分を用意し、自分で学べるスタイルを確立する。
- 文法的な間違いがでないように、サンプル文と、入れ替え単語やフレーズを厳密に提示する。それと同時にできるだけ楽しい内容を提供する。
- まとまった英文を構成する方法、Catchy Sentences (つかみ)、Facts (事実や裏付け) Punch Lines (最後のオチ)を段階的に学んでいく。
- 自己添削をすることでモチベーションが高まる評価方法を考える。
- 十分に繰り返すという意味から、1つのレベルで30トピック、つまり30回書く、を設定するが、学習者は好きなトピックを選んだり、自分が好きなペースでこなしてよい。
「多書き」というしかけ
1)トピックの選び方
どのようなトピックが「多書き」に適しているかというと、学習者が自分の気持ち、考えを表現しやすい、なるべく具体的な、小さなトピックが良いと思います。多書きに適していないトピックは、例えば「夏休みの思い出」とか「自分が好きなこと」といった設定が大きすぎるものです。そのような大きなトピックでスピーチを書かせると文法的な間違えも英文構成の間違えも多くなります。それを回避できるのが「多書き」学習法です。
2)切り口を絞り込む
文法的なミスがなく、添削が必要でなく、学習者が自分で採点できるようにするためには、切り口を厳密に限定することが大切です。例えば、「好きなスポーツについて」というトピックについて書かせる場合は、英語的な制約により3種類の「多書き」が必要となります。
・ボール等を使ってするスポーツには、playという動詞を使う。
・柔道とか空手といったアジア系のスポーツにはdoという動詞を使う
・体1つでするスポーツはplayもdoも必要がなく、run, ski, swim等という
このように細かく設定しないと、学習者が書く英文は間違いだらけになってしまいます。切り口を絞り込むと、自分が言いたいことが言えないというジレンマがあるかもしれませんが、切り口を絞り込むことで、トピックに深くはいることが可能です。
3)文法事項について
1つのトピックについて1つの文法事項のみでライティングをさせるのも無理です。大事なのは伝えたいことに必要な文法を学ぶことです。いいたいことを限定し、それに必要な英文を使っていきます。このやり方の良い点は、文法事項が予習できたり、復習できたりして、実力があがることにつながることです。
4)単語とフレーズについて
単語やフレーズを提示する時点で文法面を厳重に整理することが必要です。たとえば、英語の単数、複数という問題は日本人にはとてもやっかいで、しばしば制御不可能です。間違えがでないようにかっちりと設定することで、間違ったら直すというモグラ叩き状態を作り出しません。つまり、指導者が教えたい文法事項は、正しく使えるように設定する—ここが指導者の文法力の見せ所です。
5)採点から評価まで
自己評価できることが大切です。言いたいことは選択肢の中から自分で選ぶので正解は学習者が持っています。小学生や中1であれば、誤字脱字がなく書き写しているか、文の始めは大文字、最後はピリオド、単語と単語の間隔はあけるなどを自己責任で守らせます。大切なことは、学習者があくまでも自立をし、自分で自分を添削できるようになることです。指導者に間違いを指摘されるより、自分で間違いに気がついた方が同じ間違いをしなくなります。
6)初期段階でつけたいスキル
さっさと考え、即断即決するスキル
自力でトピック名(タイトル)を見て、さっと内容を読み取り、選択肢の単語を見て、速断即決で自分が書きたいことを決めます。
きちんと写しながら書く、というスキル
一字一句間違わないように写しながら、自分が選んだ単語を入れながら、自己責任で、しっかり見る、しっかり写す、書く、習慣をつける。
書いたものを自分でチェックする、というスキル
可能であればペア活動でお互いの書いたものをチェックする方が楽しいし、効果もあがります。しかし、コロナ禍でそれができない場合は、自分で責任をもってチェックする習慣がさらに重要になります。
見ないで書く、というスキル
ライティングの究極の目標は「白紙に英文を書く」ことです。この「見ないで書く」という段階は、ライティングを通して実力をつける上で不可欠な部分です。覚えることが苦手という学習者は、まずは1行から始めるのもよいでしょう。「見ないで書く」前に、音書き(読みながら書く)やスピード音読をする習慣をつけると効果があります。
伝える、つまり書いたものをシェアするスキル
「多書き」では、話す前に書くので、正しい英文が保証され、自信を持って話すことができます。できれば小グループで、自分の書いたものを読み上げて、またはもっと素晴らしいのは見ないで言って、他の人にシェアします。コロナ禍にあってそれができないのであれば、オンラインでしてもよいし、それもできない場合は、せめて家族の誰かに自分が書いたものを「聞いてもらう」というのができるとよいです。この活動をすることによって、「話す」「聞く」といったスキルも磨くことができます。
8)オンラインの活用
オンラインで、書いたものを発表する「TAGAKI オンライン発表会」というものも実施しています。日時をきめ、ZOOM等を使って、自分が書いたものを発表するのですが、自分の力量で自己紹介文は少し追加してもよい、としたところ、生徒は自分の家にあるスポーツ用品、楽器などを駆使して実に楽しく自己紹介もしました。兄弟姉妹、保護者などを動員することも上手です。また、普段はシャイで発表はいやだという生徒も進んでパワーポイントを作ったり、動画まで作ったのにはびっくりしました。
このような実践は、コロナ禍のおかげで加速的に発展しています。子供、生徒たちは新しいことに対する恐怖心がなく、ICTのスキルももっているのには驚きます。しかし、このようなことを実践するためには、学習者が自力で、間違いのない、少なくてもほとんど間違いのない英文を準備できる手段を与えられていることが前提条件です。
オンラインを活用できれば、会場も不要で、移動の時間が節約でき、いわゆる発表会の独特な緊張感も軽減され、学習者はカジュアルに発表ができるようです。また、自分の事は自分で準備するという自立心が育ち、他者に伝えたいという気持ちも育てることができます。このwithコロナ時代に、英語のライティング指導を通じて、気持ちも強くできたら素晴らしいことだと思います。
おわりに
「多書き」でやらないことは、文法の解説、書く前に単語だけをおぼえさせる、穴埋め、和文英訳、語順の並べ替えです。このようなライティング学習は、「英語」を習得するために必要とされていますが、「多書き」ではそのような学習をする代わりに「正しい英語を、楽しみながら、たくさん書く」という経験を通して必要なことを学ばせようとしています。「はじめから本当の気持ちを書くことが一番大切」と主張する指導者がいますが、英語が母語でない以上、「本当にいいたいこと」と「英語でいえること」の間には当然、距離があります。私が危惧しているのは、「自由に書きなさい」とか、「本当のことを書きなさい」と言って書かせてから、たくさんの修正をすることです。またはそのまま放置しておくことです。それが続くと、ほとんどの学習者は成功体験をもつことがなく、英文を書くことに興味を失っていきます。実際問題としては、自由に書かせたら誰が添削をするのでしょうか?一体誰が添削できるのでしょうか?多人数のクラスを持っている先生にはそんなことができるのでしょうか?そして新型コロナ禍にあって対面授業が減り、ペア活動もグループ活動も制限される中で、いったい何ができるのか、何をすべきなのか、考える時がきています。
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「多書き」というしかけ ー実践編ー
例題1(初級レベル)
トピック : Aquariums (水族館)
Sample Sentences
A: 見たいもの I want to see sharks.
B: さわりたいもの I want to touch baby seals.
C: さわりたくないもの I don’t want to touch sea cucumbers.
下線の 入れ替え用の単語
1. baby seals 2. crabs 3. dolphins 4. jellyfish 5. manta rays 6. mermaids
7. seahorses 8. sea cucumbers 9. sea lions 10. sharks 11. squid 12. turtles
Writing Time 1
Sharks のようにカッコで囲まれている部分の単語を入れ替えて、A, B, Cの3文を書きます。単語だけを書いてはいけません。全文で書きます。
Writing Time 2
書いた3文を覚えて、見ないで書いてください。
Sharing Time
できれば、友人、知人、家族に、書いたものを声にだして伝えてください。
—初級レベルの多書き(TAGAKI ⑩)のポイントー
・大人でも子どもにも通じる身近で共通なトピックを選ぶ
・英語は文章の言語なので、初期の段階から全文を書く習慣をつける。
・下線の入れ替え用の単語はどれが入っても英語的に間違えがないようにする。(単数形や複数形、加算名詞、不加算名詞など、文法的に教えることが困難でも多書きでは自然に取り入れられる)
・ユーモアはモチベーションの創出なので欠かさない。
例題2 (中級レベル)
トピック: Marathon
Sample Sentences
1 I think…
I think the marathon is the most exciting sport. In the future, I want to work as a volunteer. Go, Go, Go.
2 I don’t think…
I don’t think the marathon is the most exciting sport. In the future, I don’t want to work as a volunteer.
【下線の入れ替えフレーズ】
the most exciting, the most enjoyable, the most popular, the best
【イタリックの入れ替えフレーズ】
work as a volunteer, watch the race on TV, cheer the runners on the street, enter the race as a runner
※ここではわかりやすいように太字にしています。
Writing Time 1
下線とイタリックの部分のフレーズを入れ替えて、全文を書きます。
Writing Time 2
書いた文を覚えて、見ないで書いてください。
Sharing Time
できれば、友人、知人、家族に、書いたものを声にだして伝えてください。
—中級レベルの多書きのポイントー
・学習者が、I think…, I don’t think を使って、自分の考えをはっきり表す習慣をつけること。
・最後の文は「パンチライン」の見本となっています。短い文でも、文の最後に「シメ」で終わることをこのレベルでも体験する。
例題3(上級)
トピック: Dracula
Sample Sentences
(Catchy Sentences)
Dracula’s full name is Vlad Dracula. He was born on November 10th, 1431, in Romania.
(Facts)
I found out that Dracula was a powerful king. Even today, he’s a hero in his country.
(Search) 自分で作文
(Opinion) 自分で作文
(Punch Lines) 自分で作文
Hints for Opinions
A 知ってうれしいことは
I’m glad to know that Dracula as a vampire became popular because of the novel written by Bram Stoker, from Ireland.
B 自分がしたいことは
I want to read some books to find out more true history.
Hint for Punch Lines
I wonder if Vlad Dracula had any friends.
Writing Time 1
検索をしたり、ヒントを参考にしたりして、全文を書きます。
Writing Time 2
書いた文を覚えて、見ないで書いてください。
Sharing Time
できれば、友人、知人、家族に、書いたものを声にだして伝えてください。
–上級レベルの多書き(TAGAKI 50)のポイントー
・2つのスキルを持たせることを設定しています。1つは、文の構成を学ぶことです。ここで想定した構成は、なるべく親しみややすいようにCatchy Sentences (つかみ) → Facts (事実) Search (検索)→ Opinion (意見)→ Punch Lines (パンチライン、締め)としました。もっと一般的に使われている、Introduction → Body 1, 2, 3 →Conclusionというものでもかまいません。話すことを前提として書かせるのであれば、Opening → Body 1, 2, 3, → Closingでもいいでしょう。
・検索した結果を入れて書く。今の子供、生徒の得意技は検索です。ものすごく早く、なんでも探しだします。世界共通のこの技をライティングに活用しないのはもったいないです。検索の方法としては、およそのところをまずは日本語で検索し、キーワードをみつけたら、それを英語で検索します。はじめから英語で検索すると英語の海で溺れてしまいます。
・惜しみなくヒントを与えていきます。ヒントを使う、使わないはもちろん学習者の自由ですが、英作文は昔から「英借文」と言われているぐらいで、英作文の「修行時代」はヒントや、見本文、入れ替え単語やフレーズを上手に使える学習者が一番伸びます。
参照文献:
英語、書けますか −TAGAKI(多書き)のすすめ−
2018年初版 mpi 松香フォニックス 刊行
(まつか ようこ)