片居木 純太
栄光学園中学高等学校教諭
1. はじめに
私は大学時代の多くの時間を、アカデミックディベートという、競技としての英語ディベート(以下、英語ディベート)に費やしてきました。中高時代は英語を話すことはおろか、書くこともろくにしてこなかった私でも、先輩や同期から教わることで、ある程度の英語力と論理的思考力を身につけることができました。そして何より、仲間と苦楽を共にしたかけがえのない思い出を得ました。その後、現在の勤務校で、部活動の顧問として中高生に英語ディベートを教えています。英語ディベートを教えるなかで、生徒の自主性の輝きや、ポテンシャルが開花する素晴らしい瞬間を目にすれば、英語ディベートの新しい魅力を知り、また、「他者のために、他者と共に」学び、高い志を持って英語ディベートに打ち込む生徒たちの姿を見れば、底知れない英語ディベートの可能性に圧倒されています。
本稿の目的は、英語ディベートによって本校英語部と生徒が成長する過程を紹介し、その魅力を知っていただくことです。また、指導上の私の信条をお示しし、英語ディベートを指導している、またはこれから指導しようと考えている先生方の参考となれたら幸いです。
2. 栄光学園 英語ディベート活動の軌跡
本校の英語ディベート活動の特長は2つあります。「生徒の自主性」と「ディベートコミュニティーからの学び」です。
2008年度、生徒が英語ディベート大会の存在を知ったことが英語部の始まりです。出場したい、と集まった4人の生徒も教員も未経験であったため、英語ディベートに詳しい他校の先生や元ディベーターの方に、練習試合やワークショップを依頼することで学ぶ機会を作り出していました。生徒たちは他校の生徒やジャッジとの交流を楽しみながら学び、第3回全国高校生英語ディベート大会(準備型ディベート)にて初出場・初優勝することになります。
その後メンバーも増え、正式な部活動となりました。私の顧問就任当時、高校生は英語ディベートの試合、中学生は英語クイズなど、別々の活動をしていましたが、いつしか高校生が自主的に中学生に英語ディベートを教え始めました。英語を使った簡単な言語ゲームに始まり、Steve Jobsのスピーチを聞いたり、お手製のスピーキング・ライティング教材を使って、進んで中学生を指導するようになります。
また、神奈川県に英語ディベートに取り組む学校が増えていくなかで、本校生徒のディベートスキルが徐々に上がっていったように思います。それは、長年、県内の英語ディベートを支えてくださっている東海大学の綾部功先生をはじめ、聖光学院教諭の河野周先生、本校教諭の宇佐美修先生を中心とした先生方のご尽力により、練習会やワークショップが毎年開催され、県内の生徒のみならず教師にもディベートのノウハウが蓄積されていったことが大きな要因です。私もその一人として、徐々に技術指導の面で部活動に貢献できるようになっていきました。このように、県内のコミュニティーに支えられながら、本校の高校生はパーラメンタリーディベート(即興型ディベート)全国大会での入賞を果たしていきます。
その頃から、中学生が英語ディベートの練習に参加するようになりました。はじめは顧問が中学生を指導していましたが、徐々に高校生と中学生が混ざって試合をするようになります。高校生にとっては、後輩をフォローしつつ、持てる力を発揮する機会であり、中学生にとっては先輩に支えられながらディベートを知る機会となっているようです。また、夏と冬の長期休暇中には、部員全員でディベートを楽しむ時間を過ごすため、生徒が部内大会を企画・運営するようになります。実力が均等になるように全学年の部員を各チームに振り分け、駆けつけてくれた英語部OBが試合のジャッジやレクチャーをしてくれます。気づけば、「学年の壁を超えて、部員全員で楽しみ、共に学ぶ」という風土が、部活内に形成されていました。
その風土は、「他者のために、他者と共に」はたらき、学ぶことに繋がっていきます。ある日、部活に行くと、高校生が「立論」「反論」「総括」といったディベートスキルごとに担当者を決めて、お互いにレクチャーをしていました。しばらくすると、当時は公式戦の機会が少なかった全国の中学生のために、ディベート大会を企画したいと言ってきました。それが “Next Generation Cup” [ https://sites.google.com/view/next-generation-cup/home?authuser=0 ] という、本校生徒が企画・運営するディベート大会の始まりです。この大会の目的は「全国の中学生・高校生がお互いから学ぶ」ことであり、それは普段彼らが部活動でやっていることを、部活外へ拡張する試みです。また、「一般社団法人パーラメンタリーディベート人材育成協会」様への後援名義の依頼に始まり、他校の顧問やジャッジとのやりとり、タイムテーブルや対戦表の作成、参加者に向けたレクチャーの準備など、運営に関わる全てのことを生徒が行いました。私がしたことは、ただ彼らの準備過程を見守り、生徒から相談があった際に、一緒に考えたくらいです。このように、英語部の活動は「部員全員で楽しみ、共に学ぶ」ことを超えて、「他者のために、他者と共にはたらき、学ぶ場」となっていくのを感じました。ちなみに、「他者のために、他者と共に」(Men For Others, With Others)とは本校の教育の根幹をなすキーワードであり、彼らはこれを体現していると言えます。
このように、部活内外の他者と楽しく学んできた部員たちは、全国大会で輝しい成績を残します。2021年度には現高3生(執筆時)が国内最高峰の高校生パーラメンタリーディベート大会であるHPDU連盟杯で優勝、また2022年度には現高2生が国内最大参加校数を誇るPDA全国大会で優勝しました。どのメンバーも中学1年生から英語を学び始め、先輩からディベートを教わり、試合に負けた時には自らの不甲斐なさや仲間のために涙を流し、懸命に努力を続けてきました。2021年度、優勝後のSNS上には、大会や練習会を企画・運営した彼らのディベートコミュニティーへの貢献に感謝するコメントと共に、多くの祝福の言葉が書き込まれていました。他者のためにはたらき、他者と共に学び、全国制覇を校外の人たちからも祝福された彼らの姿は、私はもちろん後輩にとっても大きな励みとなっています。
3. 教師の役割
私が思う教師の役割とは、生徒の自主性を尊重し、彼らの「補助輪」となって支えてあげることです。そして、他者へのリスペクト、ディベートスキル、論題知識について指導する存在でもあります。
3.1. 役割その1:自主性の尊重
生徒が自ら考え、行動選択することが課外活動において学びを得るために最も重要だと考えています。よって、その日の練習内容から公式戦の出場、出場選手の決定まで、活動内容は部員が決めています。それは同時に、「失敗する機会」を与えることでもあります。失敗しなければ学べないことがあります。また、もし生徒の方から相談があったときには、生徒の話をよく聞き、一緒に考え、適切な助言が与えられるようにしています。
3.2. 役割その2:生徒の「補助輪」
補助輪とは、運転の基本動作を学ぶことを可能にし、本体の自転車に引っ張られながら伴走する存在です。これらの補助輪の性質は、私が思う教師の役割と一致します。つまり、教師とは、(1)「生徒の可能性を引き伸ばし」(2)「彼らと共に学んでいく存在」だと考えています。まず (1)「生徒の可能性を引き伸ばすこと」について詳しく述べていきます。
「生徒の可能性を引き伸ばすこと」を言い換えれば、彼らの自己分析を手助けすること、です。具体的には、(a)「現状できていること」(b)「次にできるようにするべきこととその方法」を教え、また、その際に、一人一人の生徒に合った適切なサポート(「足場がけ」)を与えることです。自信のない生徒には、短期的に達成可能な助言を伝え、それが次の練習でできていたら、そのことを伝えて褒めています。また、自信や意欲が高い生徒には、少し達成困難な課題を伝えてあげています。これは、「他者の助けを得て達成できる状態(「発達の最近接領域」)を与えることが、人間の発達において重要である」と唱えるヴィゴツキーの「社会文化理論」という考え方が、私の指導の根底にあります。
ここからは、私が「補助輪」として生徒に指導してきたことを具体的にご紹介します。
3.2.1. 他者へのリスペクトと感謝
ディベートは他者を論破し合うゲームではなく、共にリスペクトし、楽しみながら成長する場です。そのリスペクトはまず同じチーム内から始まります。自分のアイデアばかり言い、チームメイトの意見を聞かないことは、時に不和の原因となります。もちろん、チームを引っ張る生徒がいることは素晴らしいことですが、ディベートにおいては、メンバーの長所をお互いに引き出し、ある種の相乗効果を生み出した時、3人チームが4人、5人以上の力を発揮します。そのような良い試合をした後に、勝敗に関係なく「反論凄く良かったよ」「いやこちらこそ具体例を教えてくれて助かった。ありがとう」といった言葉を交わし合う生徒を何度も見てきました。そして他者へのリスペクトは、相手チームやジャッジ、大会運営者へも忘れないよう、指導する必要があります。ディベートに関わる人たちがいて初めてディベートができることを、何よりもまず教えなければいけないと思っています。
3.2.2. ディベートスキルの指導
ディベート初心者には、基礎的なディベートスキルを教えます。立論の3要素(プラン前、プラン後、深刻性)や、論理構造のAREA(Assertion, Reason, Example, Assertion)を説明した後、簡単な論題を使って立論を書く練習をしています。本校ではここ数年、このような基礎的なスキルを高校生が中学生に指導しています。その後、簡単な論題を使って試合練習を行います。指導したことがスピーチ内で実践できているかを確認します。その際、高校生と中学生を混ぜてチーム分けをすることが多いです。
上級生が下級生を指導したり、一緒に練習することの利点は三つあります。一つ目は、上級生自身がディベートスキルの理解を深めることができる点です。物事を教えるには、物事を包括的かつ細部まで理解し、言語化する必要があります。ディベートに慣れてきた中上級者でも、他者への指導を通じて実は自分自身も理解していなかったことを発見する機会となります。二つ目は、学年の壁を超えて人間関係を築くことができる点です。時間や労力をかけてレクチャーをする上級生と、それを一生懸命聞いてモノにしようとする下級生。しばらくすると、上級生は下級生を可愛がり、下級生は上級生に親近感と憧れを抱きます。その関係性が、部活に良い相乗効果を生み出します。三つ目は、上級生が下級生を指導する文化が生まれることです。先輩から指導を受けた下級生が上級生になった時、自らが先輩にしてもらったように、下級生の指導をしてくれます。このように、後輩に「恩送り」をする伝統が、世代を超えて引き継がれていき、学年の壁を超えた部員全員のスキルアップが可能になっています。
3.2.3. 論題知識
論題とは、“Japan should abolish capital punishment” のような、その試合で議論するテーマのことです。論題知識は、顧問の私からレクチャーすることが多いです。多種多様な論題が存在するため、それらの論題が求める論点の整理や前提知識を、私の知る範囲で部員に伝えています。論題が与えられてから試合開始までの準備時間が15分から20分と短い中で、チームで良い準備をするためには、ひとりだけでなくチーム全員が、論題が求める論点の整理方法と、ある程度の前提知識を持っていることが重要です。
扱う論題の種類についてですが、初級者には価値論題を扱っています。価値論題とは、 “Smartphones do more harm than good to children” のように、特定の物事や事象の良し悪しについて議論するテーマです。価値論題を扱う際の指導ポイントは「比較」です。議論が水掛け論にならないように、必ず自分と相手の議論を「比較」するよう指導します。具体的な手順としては、①「比較の基準の提示」②「相手がその基準を満たしていないこととその理由」③「自分たちがその基準を満たしていることとその理由」④「その基準がなぜ重要なのか」がわかりやすいのではないかと思います。
価値論題に慣れてきたら、政策論題の一種である、いわゆる “ban motion” と呼ばれる「~を禁止する」系の論題(またはその逆の「~を合法化する」)の練習をしています( “Schools should ban club activities.” や “Smoking should be banned” など)。「どのような時に政府は国民の行動を禁止することができるか」「国民の自由意思による行動選択に関して、政府が干渉してはならない理由は何か」といった考え方は、様々な論題に応用可能です。様々な分野(刑事司法、SNS、医療など)の “ban motion” があるので、それらを練習して、基本的な考え方だけでなく、幅広い論題知識を身につけることができます。
”ban motion” にも慣れてきたら、今までやってきた論題にプラスαの要素が入った、発展的な論題を練習します。例えば “This House would ban smoking in public space” だと、喫煙の分析だけでなく、「公共の場所」という要素を含めたスピーチが必要になります。また、“This House believes that feminist movements should oppose affirmative action for women” のような論題だと、「フェミニズム運動」が何を目標にしており、それの達成のためにshould以下をするべきか、という分析が必要になります。これは “Schools should ban club activities” において「学校の役割」を論じるのと似た思考です。さらに、ban motionの上級編として “Plastic products should be taxed” などの、禁止まではしないが個人の選択を抑制または促すような論題も上級者にはいいと思います。
3.2.4. 生徒と共に学ぶ教師
英語ディベートが生徒の可能性を引き出したように、顧問である私も成長させてもらいました。最も重要なのは、「英語教師に成長の限界点など存在しないこと」に気づかせてくれたことです。昔の自分は「高校生に授業できるくらいの英語力や知識があれば充分だ」と根拠もなく決めつけていました。しかし、私を超えて成長していく生徒の「補助輪」になるためには、私も勉強しなければならない、つまり、生徒の「補助輪」となれない自分は、教師の役割を果たせていない、と感じました。そこで、それまで難解だと思っていた “The Economist” や、様々な洋書を読み始めるようになりました。おかげで生徒に良い教育ができるようになったかは定かではありませんが、少なくとも私の中にあった「英語教師像」は書き換えられました。日に日に上達していく生徒から、知識やスキルだけでなく、限界を決めずに自己研鑽に励むことの大切さを学びました。私は、生徒を支える「補助輪」でもあり、同時に彼らに引っ張られる「補助輪」でもあるのです。
4. おわりに
2021年度、全国大会の前日、出場メンバー3人は悩んでいました。練習相手の後輩と同期、OBと「3人が異なる役割を担いながら、一貫した議論の組み立て方」について話し合っていました。その中で、私の助言に突破口を見出した彼らは、翌日の全国大会で素晴らしいパフォーマンスを見せ、全国制覇を果たします。これまで神奈川県のディベートコミュニティーとOBが長年築き上げてきた土壌で、他者と共に根を伸ばしてきた彼らが、満開の花を咲かせた瞬間でした。そんな素晴らしい場面に立ち会えること、そしてその過程に微力ながら関われることは、この上ない幸せです。そして2022年度、新たな世代が他者のために、他者とともにはたらき、彼らが成長できる新たなコミュニティーを作り上げています。そんなかけがえのない瞬間に立ち会うことができるディベートの魅力が、少しでも皆様に伝わり、何かの参考になれば幸いです。