★シリーズ:教員研修のススメ Vol.2★
土屋 進一
西武学園文理中学高等学校教諭
1.はじめに
教師として教壇に立つには、担当教科の専門知識は言うまでもなく、指導技術、生徒とのコミュニケーション能力、豊かな教養や人間性などが必要とされます。実際に授業で生徒を目の前にして授業を行うと、その反応は、授業準備の段階で想像していたものとは異なり、生徒から学ぶことが多くあります。このような試行錯誤の連続を通して、理想の授業を追い求め、教師は生徒と共に成長していくのだと思います。さらに、自分の授業を客観的に見つめ直し、他の教師の良いモデルを参考にするため、研修への参加も必要不可欠です。本稿では、教員が研修で学ぶ意義について、研修の受講者と講師の2つの視点から考えてみたいと思います。
2.なぜ研修を受けるのか -受講者の立場から-
私と研修との出会いは、土曜日の午後に先輩教師に連れられ、参加した実践的な授業研究会でした。講師は、自分の授業映像を披露し、的確に授業を分析していきます。その手際の良さに最初はただただ圧倒されるばかりで、講師の指導技術を真似るなど到底できないと感じていました。しかし、何度も研究会やセミナーに足を運ぶうち、参加者の先生方と講師の質疑応答のやり取りを見て、授業を見る上でのポイントが分かるようになり、次第に「授業を見る力」がついてきたと感じるようになりました。さらに、研鑽を積み、指導技術も上がってくると、「これは既に実践している」とか「これは少し工夫を加えれば、自分でもできそうだ」と手応えを感じる自分に気づくようになります。そうなると日々の教材研究が楽しくなり、具体的に生徒の顔を想像しながらアクティビティーを考えたり、授業内容を深める工夫や仕掛けを考えるようになっていきます。さらに、自然と理想の授業の実現に必要なものへのアンテナが高くなり、自分の心にヒットした研修会で学び、授業で実践、そして、また次の研修会で学ぶという好循環ができていきます。これが私の経験した研修会の効果的な「使い方」です。
3.ELECの英語教育研修会
(1) ELECの研修に参加して
読者のみなさんは、ELECの英語教育研修会に参加されたことはおありでしょうか。変化の激しい英語教育界において、ELECの研修会は、優れた最先端の講座内容と質の高い講師の顔ぶれはバラエティーに富んでおり、他のセミナーや研修会とは一線を画しています。また、受講者も優秀な方が多く、北海道から沖縄まで全国各地から熱心な先生方が参加されます。中には、スーツケースで研修会場に姿を現し、ホテルに滞在しながら数日間、異なる講座を受講されている先生方もいらっしゃいます。そうした熱心な先生方の姿を目の当たりにするだけでも、非常に刺激を受けますし、頭の下がる思いにもなります。そして、そうした熱心な先生方の姿が何よりも明日からの自分の活力になるのです。受講者として、さまざまな勤務校の先生方と情報交換をしたり、教育観を話し合ったりするのも研修会の魅力の一つです。
私も受講者の一人として、大学の研究者の最先端のSLA(第二言語習得)理論に基づいた指導法や中学・高校の教育現場で実際に効果的な指導を行っていらっしゃる先生の指導法を学び、大いに刺激を受けたことを覚えています。研修講師が冒頭に必ず言う「今日は、何か1つでもお持ち帰りいただき、先生方のお役に立てたら幸いです」の一言を真摯に受け止め、自分の勤務校に戻っては、学んだ指導技術を実際に試し、うまくいったり、いかなかったりという日々を過ごしてきました。そのようなことを繰り返し、10年程過ぎたある時、急に生徒の表情が変わったのに気づきました。それは、今まで私が指導してきた生徒の表情とは全く異なるものであり、生徒の生き生きと楽しそうに英語を学ぶ姿に「これだ!」と初めて自分の授業に手応えを感じました。その時初めて、参加者として座席から見える講師の姿を意識するようになりました。講師の姿と自分を重ね合わせ、これまで培ってきた自分の指導法を講師の立場で全国に先生方に発信できたらという思いが湧き上がってきました。そんなきっかけを与えてくれたのもELECの英語研修会です。
(2) ELECの研修講師としてデビュー
今まで私は、受講者としてELECの研修に参加し、英語教育に関する知見を深め、指導技術を高めてきました。勤務校においても、ある程度自信を持って授業に臨めるようになってきた頃、「一体、無名の私が研修講師としてデビューするにはどうしたらよいのだろう」と真剣に考えるようになりました。もちろん、ただ待っているだけでは、その夢は実現できません。その時、ふと私の雑草魂に火がつき、ある考えが頭に浮かんだのです。
「自分の授業をビデオに撮り、DVDにして送ってみよう。」
それは、自分の授業をさらに良いものにするための1つの契機にもなりました。また、外部の方が自分の授業を見て、客観的にどのような評価をするのだろうという興味もありました。もし、このことで夢が実現できたらラッキーだし、断られてもまだ自分の努力が足りないだけなので、思い切って無謀とも思える挑戦をしたのです。これは、言わば、売れない演歌歌手が手売りでCDを売るようなものです。その結果、なんと研修講師としてのデビューが決まりました。2016年のことです。その後、この機会を皮切りに、さまざまな研修会やセミナーでお声がけいただき、2020年現在、全国10カ所以上で、40回近くの登壇をさせていただくまでになりました。すべての始まりは、このELECの研修会からです。
4.研修を通して学んでいただきたいこと-研修講師の立場から-
私が研修講師として登壇するとき、自分の指導の実践例を披露し、参加された先生が生徒の立場になって経験してもらうワークショップの形式を取っています。その実践例を受講された先生方がそれぞれの勤務校で形を変え、実践していただき、広く日本の英語教育の発展に貢献できたらとの思いで一生懸命お話しさせていただいています。その中で、受講者の先生方に研修を次の3つの視点で受講していただくと研修がより効果的なものになると考えています。
(1) 置換力
研修を受けると、さまざまな学びや気づきがあり、有意義な時間を過ごすことになると思います。その中で、受講者としての私の経験上、大別すると次の2つのパターンの感想が出てくるのではないか思います。
①明日からでもすぐに使えそうな指導技術だ。
②自分の勤務校の生徒では、とても真似できそうにないレベルの高い指導技術だ。
①の場合、ご自分の勤務校で積極的に試してみると良いと思います。しかし、学んだ指導技術を勤務校の生徒の現状に置き換え、適切に調整していくことが必要です。よくある失敗例は、学んだ指導技術を「そのまま」取り入れてしまい、生徒の習熟度とタスクの難易度が合っていないために、生徒が思うようには動かず、教師も生徒も不発に終わってしまうパターンです。
②の場合は、自分の指導技術が上がるまで努力を継続しながら温めておくか、自分の指導している生徒の実情に合わせてタスク調整を行うなどの工夫を施し、実践してみると良いと思います。
①、②のいずれにせよ、人の褌で相撲を取るようなことはせずに、自分でアレンジする、つまり、置き換えて考えてみるという姿勢が授業を成功へと導く鍵となるでしょう。
(2) 持続力
研修を受けている間や研修が終わり、会場を出るときのモチベーションの高さは、最高の状態です。しかし、いったん会場を後にし、家に帰る頃には、少しトーンが下がり、自分の職場に戻って現実に引き戻されたとき、研修で感じたときの気持ちの高ぶりはだんだんと色あせていくのがふつうです。これは、言わば、映画館で映画を見た直後の感動の余韻が、次第に薄れていくのと似ています。自分の授業を向上させ、生徒を笑顔へと導くためには、研修会場で得た気持ちの高ぶりをいくかに持続させることができるかにかかっています。この持続力は、言い換えると、Grit(やり抜く力)とも言えるでしょう。このGritとは、特定の長期的目標を設定し、その目標に到達するまでに必要なことは何でもするという、人の気質のことです。途中であきらめてしまうのは簡単なことですが、Gritを持った人は、どんなことがあっても目標を達成するまで粘り強く最後まで継続するのです。Gritの研究の第一人者であるペンシルベニア大学の心理学者、アンジェラ・ダックワースは、「努力しなくてよいほど十分な才能のある人はだれもおらず、努力こそが、成功を導く秘訣である」と言っています。
(3) 講師の指導観
私は、講師として、研修の最後に質疑応答や振り返りの時間を取り、参加者同士の学びや気づきを共有する場を設定するようにしています。そのような時間は、講師にとっても受講者にとっても大変有意義な時間となります。ぜひこのリフレクションの時間を大切にしていただきたいと思います。
私は、また、研修の最後に、BGMを流しながら、生徒とのheart-warmingなエピソードを入れるようにしています。分かりやすく言うと、人生をテーマにしたテレビのドキュメンタリー番組のエンディングのようなものなのですが、これが参加された先生方の心に響くことが多いようです。その1つをご紹介したいと思います。それは、私が、現在の勤務校で初めて教壇に立ったときに出会ったある一人の生徒とのエピソードです。彼は、大変優秀な生徒で性格も良く、非の打ち所のない素晴らしい生徒でした。初年度からそんな生徒のいるクラスでの授業は楽しく、授業開始前から教室に入り、質問応対をしたり、雑談をしながら授業開始のチャイムを待つことが常でした。その生徒も大学を卒業し、大学院修士課程まで終え、母校に数学の教員として戻ってきました。彼が着任してまもなく、私の授業見学を申し出たので、私は快く受け入れました。その頃、ちょうど私は、本格的に授業改革に取り組んでおり、ペアワークやグループワークを使った、いわゆるアクティブ・ラーニング型の授業に衣替えをしているときでした。ですから、授業見学後の彼のコメントは、彼が受けていた頃の私の授業とは違ったものになるだろうと想像していました。ところが、彼のコメントは私の想像したものとは全く異なるものでした。彼は、次のように言ったのです。「土屋先生の授業は変わっていませんよ。」「土屋先生は、土屋先生ですから・・・」私は、彼の意外なリアクションに驚きました。しかし、よく考えてみると、彼の言いたいことが、すぐに理解できました。つまり、彼は、私の授業のスタイルや手法がどんなに変わろうとも、生徒に対する情熱や英語教育へのマインドは変わっていない、ということを伝えたかったのです。この時、彼が贈った言葉が、私に対する最高の賛辞であると気づきました。
このような指導技術を支える背景のようなものを講師から感じ取っていただけると、指導技術のパッチワークでは決してうまくいかないという事実もご理解いただけると思います。つまり、ある指導技術は、背景にその教員の指導観や理念があって初めて「自分のもの」として機能するのです。
5.おわりに
本稿では、教員が研修で学ぶ意義について受講者と講師の両視点から私なりの見解を述べさせていただきました。結局のところ、自分の周りにいる人は、いわば、「自分の鏡」であり、人を育てたければ、自分が育つ姿を見せれば良いのだと私は思います。そのためには、研修に参加し、さまざまな講師や受講者の先生方との出会いを大切にしながら、知見を深め、自己研鑽を図っていくことが最も大切なことだと思います。いつか読者のみなさんとどこかの研修会でお目にかかり、研修でパワーアップした先生方の授業によって、日本全国で学んでいる、一人でも多くの生徒を笑顔にできたなら、私にとってこの上ない最高の幸せです。