岡倉由三郎は研究上の考究も教育の実践も、どちらの方面も全力を尽くした。それ故に、どちらかに嵌ることなく、主に次の4分野に業績を残した。
- 日本語文法、英語学専門の寺西武夫は岡倉由三郎の日本語研究についてこう語る。「岡倉由三郎著『日本語学一般』(明治23)、『日本新文典』(明治24)、『新選日本文典』(明治34)などに拠って、初めて先生の言語学的立場から我国文典に新生面を開いた先生の業績は、日本文法史に燦として輝いている」(V巻、1936、p.330)。注目すべきは、井の中の蛙に陥らぬように「国語」ではなく「日本語」の名称を使っている点である。その精神は、恐らく国際的で研究を目指している新大学構想に継承されていると思う。
- 市河三喜らと共編で70点以上の、主として、大学生用に英文原書注解シリーズの編集、及び中学、高校用の文部省検定英語教科書の執筆。
- 岡倉の研究社英和大辞典の編集主幹。
- 講演 “Japanese Spirit” 連続3回(於:School of Economics, London Univ.)、及び日本初のNHKラヂオ英語講座(1927~35)の12年間担当。
これらの業績は「岡倉文庫」の一部として筑波大学中央図書館及び大塚図書館に保管されている。岡倉文庫は総数2417点あり、その数の多さに驚嘆する。ここでは、岡倉自身の執筆による主なものは34点あるが、それらをリストにして、若干説明を加えたい(順不同)。
I. 学習者のための、英語の教材・辞典編集
◆ The Globe Readers (全五巻)大空社、1993.
The Globe Readersは福原麟太郎などに継承され、英語の文化背景を重んじる教科書として昭和20年頃まで国内で使用されていた。戦後検定制度が新しくなり、執筆出願が自由になり、文部省検定をパスした教科書が教科書採択域の判断で、各区域の実情に適する教科書を採用することができるようになった。同書は復刻版として製本し直され、岡倉文庫の一部として配架されているが、同時に市販もされている (90,000円)。アメリカで出版されたNational Readersと一見似ているが、岡倉独自のアイディアが随所に生かされている。
全五巻に共通しているのは対話を重視、文中の新語は強勢を表示、スペリングと発音との関係重視、英語文化への導入などである。ただし、日本人学習者のために、Book1には、Introductory Lessons to the English Reading(28頁分)、英語のアルファベット(活字体と筆記体の大文字、小文字合わせて4頁分)、そして最後にSome Monosyllabic Words of Irregular Spelling (15頁分)、計47頁を終えて、はじめて各課にはいる。教材には日本人向きの春夏秋冬に合わせた教材、英語文化 (社会・旅行・古典など) に繋がる題材を重視した。ただ時代の影響もあり、男性中心・英国中心の傾向は否めない。教科書の編集主幹の役割は岡倉だった。それに現場教師の指針を示した、いわゆるTM (Teacher’s Manual) も取り上げている。TMは本体ではないからといって、軽く見ることは許されない。岡倉マニュアルは教室の指導者のために、なくてはならない案内役として丁寧に取り扱っている。
◆ The New Laurel Readers 1922. 大日本図書、1929.
◆ Royal Road to English. 1935. 同上、1935.
岡倉はリーダーのほかにも文法・作文の教科書も取り上げた。
◆ Outlines of English Grammar. 大日本図書、同上、1911.
◆ A Senior Course in English Composition. 同上、1926.
◆ A Junior Course in English Composition. 同上、1926.
◆ Outlines of English Grammar. 同上、1926.
◆ A Senior Course in English Composition. 同上、1926.
◆ A Junior Course in English Composition. 同上、1926.
◆ A Junior Course in English Composition. 同上、1926.
これら多くの教材の収集・編集には多くの時間が求められたであろうが、ともすれば、「執筆者分業」になりがちである。しかし、教材作成者は教材・指導法・学習者は相互に関連させることが望ましい。岡倉は英語の学習者の困難点として、綴り字とその読み方とのズレに注目する。すなわち、その困難点の解決を現場の教師の指導に期待している。また、教師には予備知識として、英語の正しい発音の出し方についての説明力とその発音記号の表記力を期待した。実際に岡倉の書いたTM には解説として、「この項は英文法の根本となるものであるから、充分に時間を取って説明されたい。例文にもある様、英文と日本文とを比較して、その根本的相違を明にし、その後は反復練習により理屈ぬきにして、自ら口ずさむ様にご指導を乞う」(TM, 1頁)。その具体例を掲げると次のようになる。
◆ Teachers’ Companion to A Junior Course in English Composition.大日本図書、1926.
◆ Teachers’ Companion to the Ocean Readers 1 大日本図書、1927.
II. 英和辞典の編集
◆ 『研究社新英和大辞典』1927~20026.
「大辞典」と名前が示す通り、第7版は2880頁+まえがきxxi頁に及ぶ。人は冗談げに、「畳と辞書は新しいほどよい」と言うが、語彙は生き物のように日々意味も絶えず変化するので、辞典の改定はつき物である。ウェブスター本社を訪れた学習院大学名誉教授稲村松雄がこの次の新しい改訂作業はいつごろから行うのですか、と担当者に尋ねたとき、「今日から始めます」と言われたそうで、辞典編集者の意気込みを感じられたそうである。その後、増補・改定の作業が受け継がれ、日本の英和辞典で最も詳しい辞書の一つとして今日に至る。なお、中学3年間が義務教育化され、英語学習者が飛躍的に増大した。学生向きの使いやすい学習英和辞典は『スクール英和新辞典』として研究社から出版された(1929)。戦後英語学習のニーズが増大し、岡倉以外にも、岩崎民平編の双解式の『簡約英和辞典』(研究社)などが広く使われ始めた(1941)。筆者が入手した版は中1の時で(1945)、定価4.80円だったと記憶している。
寺西武夫「岡倉由三郎への追悼文」(『英語の研究と教授』(全5巻)の追悼文、本の友社、1955。