東京理科大学 片山七三雄
(12/27 ELEC冬期英語教育研修会講師)
―英語論説文の読解指導はどうすればよいのですか。何か特別なことをしなければならないのですか?
通常の英文読解と同様に、単語力をつけ、文法力をつけ、パラグラフリーディングができれば大丈夫だと思うのですが,これだけでは駄目なのですか。
…と悩まれたことはありませんか。
当方は30年以上にわたり、様々な角度からこの問への答えを探し続けてきました。その成果は、高校教員時代に始まり、大学教員になった後も、論文発表・私家版テキスト作成の形で具体化してきました。そのような中で、縁あってELEC研修会の講師を務めさせていただいてからもう20年が経過しました。
御存知のように、昨今の大学入試に出題される英文のほとんどは論説文(以下本稿で扱うのは「英語論説文」なので、特記なき限り「論説文」と書きます)です。入試に出題される以上は、何らかの対策を考える必要があるのでしょうが、だからと言って「論説文」の読解指導(以下、作文指導も含みます)のような特別な指導が必要なのでしょうか。必要ならばどのような指導が必要なのでしょうか。この小論は、この疑問点の解明に当方の研究がほんの少しでもお役に立てれば、という想いで綴らせていただきました。
1 読解では英文の「何」を読んでいるのか
英語の文章を読む、という場合に私たちは何を読んでいるのでしょうか。言い換えると、何を手掛かりに英文の意味を理解しているのでしょうか。
英文には英単語(正確にはアルファベットの塊で構成される「語」)が並んでいるだけです。ですから全体の意味を理解するためには、部分を構成する個々の単語の意味をまず知らなければなりません。そこで単語力をつける必要があります。しかし単語の意味が分かるだけでは文章全体の意味はわかりません。なぜならば、単語はある関係に従って結びつき、ある一定の意味を表すからです。この結びつき方には、語と語が結びついた「熟語」に始まり、いくつか段階が考えられますが、「単文」「段落」のように、どこからどこまでが一塊かが明確に分けられるものを対象にして考えてみましょう。
単文では、単語が文法関係に従って並び、ある一定の意味を表します。ですから、単文の意味理解には文法というきまりを知っておく必要があります。そこで文法力をつける必要があります。さらに単文が複数結びついて段落になり、段落と段落が結びついて文章になって意味を表します。トピック文と支持文の関係で書かれている段落の場合を含めて、段落・文章の内容理解にはパラグラフ構成に関する知識(「文脈」を含む)が必要になります。そこで、パラグラフリーディングの力をつける必要があります。
単語・単文・段落の場合、個々の塊は文字間のスペース、ピリオド、インデントなどの形式により明確に区別できますが、塊同士の結びつき方は形式から直ちにわかるものではありません。ですから、私たちは単語・単文・段落の「結びつき方」という抽象的なものを手掛かりにして文章全体の意味を理解しています。これが「文章を読む」という意味でしょう。単語の意味に加え、その結びつき方である文法と、文・段落の結びつき方であるパラグラフ構成を学習したら、通常の文章は「読める」はずなのです。
ところが論説文では、結び付け方がもう一つあるのです。
2 論説文では何が結びついているのか
論説文には「主張(=意見)」が書いてあります。そして、主張の正しさを証明するため、主張を普遍化するために、論説文はFact-Logic-Opinion(他の呼び方もあります)の結びつきで書かれています。この結びつき方は、以下のように三段論法を中心とする「論法」で説明できます。
大前提: If Fact, then Opinion.
小前提: Fact.
結 論: Opinion.
ですから論説文読解には、この「論法」という結びつき方を学ぶ必要があります。
―なるほど。でも入試問題では論法に基づく読み方、つまり主張の正しさを読めるかどうかが問われることはありませんよね。ならば、論法などは指導する必要が無いのでは。
…そうですよね。
確かに大学入試には、論法自体を直接問う出題や、主張の正しさを読めるかどうかを試す出題はまずないでしょう。しかし、論法が掴めるとOpinionとその根拠となるFactが分かり、それを結びつけるLogicがわかります。ですから入試問題の中では、英文全体の結論を尋ねる問(「タイトルを付ける問」や「英文の内容をまとめる問」も同様です)、主張などの根拠を探す問、内容一致ではなく、主張と一致しているかどうかを決める問などに答える際には、内容理解よりも論法理解の方が直接・間接的に役立ちます。
―確かに、入試に役立つかもしれないことは分りました。でも私たち英語教員は、大学入試に対応するための(小手先の)テクニックを教えているわけではありませんし、それよりももっと大切な、将来にわたって生徒の役に立つ、例えば世界の人と英語でコミュニケーションを取れる能力のようなものを身につけさせるべきなのではないのですか。
…その通りです。でも、「論法」は役立つのです。
3 「論法」を学ぶことにどういう意味があるのか
大学入試と切り離して考えてみましょう。それでも論法を使って論説文の読解ができることは、教員側、生徒側の両方にとって多くのメリットがあります。まず教員にとっては、論説文読解の指導時に役立ちます。論説文の内容(特に主張)は論法を使って展開されますから、論法そのものを直接教えなくても、論説文に使われている論法を踏まえて読解指導をすると、より深く、正確に出来ます。何故かというと、内容に基づく読解では個人の解釈の余地が入り込む可能性がありますが、論法に基づく読解では、解釈の余地がほとんどなく、数学の計算のように計算の仕方を知っていれば誰がやっても同じ答えが出るからです。
生徒にとっては、論法を使った論説文の読解能力を身に付けると、将来必ず多方面で役立ちます。詳細はAppendixの1で後述しますが、そもそも、英語であれ日本語であれ、論説文を書かなければならない状況とは、価値観や経験を共有できない相手、つまり「異文化」の人とコミュニケーションを取らなければならない状況ということになります。結局、異文化間コミュニケーション能力は、論説文の読解能力と根本的に同じ力なのです。
さらに一般化すると、生徒にとってこの能力は情報の発信者と受信者の間に情報(知識)量の差・考え方の違いが存在する全ての状況でコミュニケーションを取るときに役立ちます。まず社会に出る前には、小論文やエントリーシートを書く場合に役立ちます。さらに社会に出てからも、企画書、報告書、顧客へのプレゼン、マニュアルの作成など様々な状況で活用できます。日本語、英語を問わず、論法を使って論説文が読めることがこのような広がりを持っていますから、論説文の読解能力は生徒が社会に出る前に身に付けるべき能力なのではないでしょうか。
以上のことから、従来の論説文読解の際に欠けていた結び付け方は「論法」であり、論法を用いて読む能力を生徒が身につけることは、学校英語教育の枠を超えて将来にわたり役に立つことが分かりました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。この小論が、論説文指導に関する先生方の疑問解決の一助になれば幸いです。なお、以下のAppendixでは、論説文読解に際し基礎として知っておかなければならないことや、問題になりそうなことについてもう少し詳細に記載してあります。ご興味をお持ちの方はもう少しお付き合いください。
最後に、この小論ではスペースの関係上、論法を使う論説文読解の具体例を示すことができませんでした。そこで実際に論法を用いて論説文を読むことを実践してみたいとお考えの先生や、この小論をお読みになってこの内容にご興味をお持ちの先生は、当方担当の2016年ELEC冬期研修会(12月27日)「英語論説文の構造から読解指導を考える」にいらしてみませんか。大学入試問題を中心とする複数の英文資料(先行配布)を使用して、論法を使って論説文を「読む」ことを体験していただけると思います。
一人でも多くの先生方と一緒に時間が過ごせますことを楽しみにしております。
Appendix
論説文は「論理的」に書かれています。「論理的」という意味は「誰にでもわかるように」という意味ですから、論理的に書いてある文章は、読みやすいはずなのです。生徒が論説文を読みにくいと感じるのは、英語力を含めていくつかの基本的なことがらを理解していないからという可能性があります。そこで、論説文は「論理的」に書かれている、という意味、論理学と論説文読解の関係、論理学の日常言語への応用時の問題、そして、日本語から見た場合に英語特有の論理の問題などを以下で取り上げておきます。
1 「論理的」の意味
論説文は何故「論理的」に書いてあるのでしょうか。その理由は、書き手が持っている価値観(判断基準や判断の仕方)や経験(知識を含む)を読者と共有していることを前提にできないからです。現実の世界では、大半のものごとに関してDifferent people have different opinions.です。つまり、たとえ同一のものごとを知ったり、体験したりした人同士でも、返ってくる反応(意見)が異なることがあるのです。
もし同一の価値観や判断基準をみんなが共有していれば、同じ状況下では同じ判断結果(意見)になるでしょうから、議論する必要がありません。ならばわざわざ「論説」文を書く必要が無いのです。つまり、論説文を書く場合の目標とする読者(ターゲット・リーダー)は、価値観や経験を共有しないなどの理由で、書き手とは意見や考えが異なっている人になります。
それでは価値観などを共有しない相手には、どのように論説すればよいのでしょうか。この場合のコミュニケーションのよりどころは「論理」になります。特に、普遍的な論理が必要です。普遍的、ということは、方法さえ知っていれば誰にでも可能で、誰がやっても同じ結論が導けるということでもあります。普遍的な結論が導けるように書くときに役立つのが「論理学」です。
2 必要な論理学の知識とその運用上の問題点
「論理学」が論説文読解に必要になることが分かりました。一般に論理学は難しいと思われていますが、論説文の読解という観点からは、まず以下の三つの考え方を知っておく必要があります(実際はこの三つで相当対応できます。今回の研修会で用いる英文もこの三つを用いて読みます)。
1_三段論法(例として「モードス・ポネンス:前件肯定」):P、Qは「命題(≒文)」を表す
PならばQである(大前提)。Pである(小前提)。故にQである(結論)。
2_「対偶」関係:「PならばQ」と「QでなければPでない」
3_二種類の条件:「必要条件」と「十分条件」
これらが分かることを基礎とすると、論説文を読むことがその実践(応用)になります。しかし、日常言語の世界でこの考え方を運用する際、つまり論説文の「論法」を読む際には、以下のようなバラエティに対応しなければなりません。
1 三段論法それ自体のバラエティ。
1-1 「大前提」-「小前提」-「結論」の順で書いてあるとは限らない。
1-2 この三つ全てが文章内に明示的に書いてあるとは限らない。
文章中では内容がPやQのように記号化されていませんから、どの文の内容が大前提で、どの文の内容が小前提なのかのように、内容を読んで記号に当てはめる必要があります。この作業を行なおうと思っても、1-1のように、「大前提」「小前提」「結論」の順番通りには書いてないこともありますし、1-2のように、「大前提」「小前提」「結論」のうちのどれか一つ、もしくは二つが文章中には書いてないこともあります。
2 英語で三段論法を表現する際のバラエティ。
文章中では内容がPやQのように記号化されていませんから、どの文の内容が大前提で、どの文の内容が小前提なのかのように、内容を読んで記号に当てはめる必要があります。この作業を行なおうと思っても、1-1のように、「大前提」「小前提」「結論」の順番通りには書いてないこともありますし、1-2のように、「大前提」「小前提」「結論」のうちのどれか一つ、もしくは二つが文章中には書いてないこともあります。
2-1 「PならばQ」の大前提の表現方法にバラエティがある。
2-2 If P、 Q。(大前提)、P。(小前提)∴Q(結論)では、大前提のPと小前提のP、及び大前提のQと結論のQは同じ内容であるが、異なる単語・表現形式で書いてある場合がある。
異なる語・形式で同じことを表現するという英語の一般的な特徴が、三段論法の形式面と命題部の内容面の両方にあらわれます。2-1のように、「PならばQ」の代表的英語表現としてIf P、 (then) Q。が挙げられますが、他にも多数ありますし、中にはIfを使わない表現形式もあります。一方でIfが使われていれば必ず「三段論法の大前提」を表しているわけでもありませんので、Ifの有無が「大前提」がどうかの絶対的な決め手にはなりません。その上2-2のように、命題部にも英語表現のバラエティが当然のようにあります。
3 日本語では思いつきにくい、英語特有の論理の存在
日本語にはない表現形式や文法により英語独自の考え方が形成されることがあります。そのため、日本語では想像もつかないような考え方が、英語では普通の考え方として存在する場合があります。
このAppendixでは、それぞれの特徴の具体例や、このような特徴に対する対応策を述べるスペースがありませんが、研修会では、2や3の特徴を持つ英文を示し、可能な限りの対応策も示します。